〜行政書士松田聡事務所からのお知らせ〜

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老人虐待?

老人の虐待が最近のニュースでも報道されていました。自分も老人になってゆくのですが、人としてこんなことがあってどうなのかと憤りでいっぱいです。老人だけではありません。子供も犠牲になっています。自分の意思を伝えたくとも上手に伝達できないのです。

毛布にくるんで3歳の幼い子供を殺す。90歳のお年寄りに性的暴力…最近は何かが狂っているのでしょうか?いわゆる核家族化もひとつの原因ではないでしょうか?本来であれば、自分の親は施設に入所させることが道理として疑問をもったりもするわけです。

ある朝、事務所の近くから「何やってんの!」「早くしなさい!」ととんでもない叫び声が聞こえ、ふと目をやると、まだ、2歳位の子供を叱るのではなく怒っているお母さんがいるのです。その母親も仕事に向かうらしく、時間がないのでしょう。けれど、子供はどんなことをしても動作は遅いに決まっています。

それなのに、あたかも自分の苛立ちを子供にぶつけているようにしか思えません。子供はそれをプレッシャーとして受け止め、どこかでそのストレスを発散するに違いないのです。子供は親にはむかうこともできません。自分も親となり15年が過ぎようとしています。この15年を振り返ると子供の成長だけではなく、自分が親としてどうだったかを反省することが多いのです。

親年齢15歳なのです。たった15年なのですよ。生まれてから15年は純粋に15歳、以前にもブログで書き込んだことがありますが、子供がオギャーっと生まれていきなり親になるのではないのです。そのあたりの錯覚を起こさぬようにしなければ、親だから子供に何をしても良いという大間違いな結果をもたらすことにもなりかねないのです。

生きている命を奪ってしまったら、決して、回復することはできません。死は「絶対」なのですね。

最近、生きる目的、仕事をする目的についてさらに真剣に考えさせられています。特養ホームで働くという目的は何なのか?人を人としての扱いが出来ていない。ニュースで録音されたテープが公開されたのを聞き、さらに憤りを覚えます。

【20人+115人/1000人】毎日暑いですね。明日は午前午後ともお客様が来訪されます。

「一服」の意味・・・

男の中の男!東社長・・・紫外線と友達です


第1回目の自分史作成教室に参加された、日浦建設東社長です。久々の登場です・・・函館も気温は思いのほかあがらないのですが、紫外線は妙に強く、東社長も、お隣の家のサイディングと間違うほどの「仕事男の黒さ」です。今日は、社長の現場を訪ねてきました。丁度、お昼時の「一服」のひとときです。

社長は、自分史作成教室に参加した後、自宅で自分史を作成しているうちに「気持ちが落ち込んだ」と言います。結構じゃありませんか。社長、今の時点で気付くことが出来て良かったのではないでしょうか?社長はとにかく「がむしゃら」に仕事に没頭して今の会社を発展させてきました。また、ご家族のために本気で働いてきた証です。最愛の奥様や子供さんがしっかりと社長をも愛してくれていることが、この表情から感じ取ることが出来ます。

私も、妻を置き去りにせず、東社長を見習わねば…社長は私が大好きな方なのです。いつも、真剣に人生のことを考えて、そして、お客様のために全力を尽くし、自ら現場で創作をしています。きっと、社長はこれから住むご家族を意識しながら心でお仕事をしているのです。現場の美しさは目を見張るものがあります。性格が現場に表れます。

ところで、「がむしゃら」は人間にとって大切なこと。しかし、自分自身という存在を知っているようで、知らずに過ごしてゆく可能性も秘めています。誰のための仕事?誰のために生きているの?心は何に向けているの?と社長は自らを問いただしているように見えました。

社長は自分史作成を通じ、『これからの自分の使命が少しづつではありますが、見えてきたような気がすると。あの時間は、人生の「一服」と言っても良いな』と話してくれました。「人生の一服」・・・この言葉は東社長の今日の語録です。言葉をレンタルさせていただきました。人生の一服かぁ・・・さすが人生の先輩です。今日も社長と仕事の話しは30秒、人生の話しは49分30秒でした。それくらい、熱く語りあうのです。

「一服」とは、一回に服用する薬の分量を数える単位とあります。この意味から、東社長の「自分史作成教室は人生の一服」だとの比喩は、何となく理解できそうですね。仕事、日々の生活・・・数々の人生における様々な場面は常に緊張を強いられることが多く、ふと一呼吸をつきたいけれどそのような状況から、なかなか一呼吸がつけない方が大勢を占めているのではないでしょうか?

加えて、自分に振り向ける時間を敢えて作らなければならない時代でもあるのです。その薬に例えられたのが自分史作成教室なのかな?と思います。一度参加したからそれでいいと言わず、何度でも参加して欲しいですね。

なんだか、今日は良い日でした。昨日から一喜一憂の表現がぴたりと当てはまります。昨晩は実はかなり凹んでいました。すると、ある方から「たまに凹まないと飛び出ることはないよね」と、また、ある方からは「ついてる」と思わないと。と…。それだけ、私は気にかけていただける方がいるだけでついています。ラッキーです。感謝です。何事も言われなくなったら終焉かなと思います。

今日も、良い出会いがありました。午前中に3名の方でした。こちらの方々は、お客様としてこれからお仕事をさせていただくのですが、私の名刺カードをしっかりとお財布の中に入れてくださいました。少し凹み気味の状態でお邪魔したのですが、“ガッツリ”元気を頂いて帰ってきました。

明日は、早朝から本気モードでお仕事です。午後からは、相談(2件)のお客様が来訪しますので、頭の中を整理して集中します。

【20人+79人/1000人】

どうもの意味

夕日が見えない


「どうも、どうも」なんて言葉をよく耳にします。果たして、語源は何からきているのか?これくらい扱いやすい言葉は無いかもしれません。物事の良し悪しにかかわらず「どうも」の一言で済んでしまう場合が往々にしてあります。

どうもはありがとうの意?それとも慣用句?それとも常套句?使い方でしょうが、余り意識していないかもしれません。けれども、「どうも」でごまかしている自分がいたとしたら、相手に対し大変失礼だったと反省する場面が…

つい先だって、妻から「お父さん、どうもどうもは口癖になってはいけないよ」と言われました。どういう意味で言われたのか良く分かりません。今でもわかりません。それでも、何かの忠告と受け取り、このごろ気をつけるようにしています。きっと、どうもでごまかすな。と言われたのかな?と自戒しています。

相手に対する、意思の伝え方はきちんと言葉に表現して伝達する。大事な事柄もどんな些細なことも、具体的に表現する。こと約束については、口約束はトラブルの元です。今日も、相談が数件ありました。今の時代だからこそ慣習は恐いのです。相手とよい関係を保つ意味でも、しっかりと取り交わしづらい書面をきちんと交わす。商取引では極々当たり前のことと思います。

しかし、それが「今までは〜だった」「あの時こう言ったでしょ?」「いや俺は聞いていない」「いちいち書面なんて…面倒くさい」確かに理由は様々ですが、トラブルが起きてからでは遅いのです。相手を攻め立てても、相手は相手で言い分があるのです。ですから、どうもどうもの関係はしっかりと改める必要があると思いますね。

それでは、恋人同士で、夫婦間であっても書面で…となると大変寂しい気がします。相当以前に電話でご相談を受けたことがありました。それは、熟年夫婦の奥様からだったのですが「実は〜」「どうしましたか?」「実は〜」「どうぞ遠慮なくおっしゃってください」「えっ、こんなことを相談しても良いのかしら…」「どうぞ〜」「じつはァ〜、最近、いえここ数年、主人が相手にしてくれないのです。」私は先入観及びそれまでの流れから反射的に「えっ?」(赤面&冷汗)内心「やばい、みのもんたの世界か?」と…

結論から言うと「単純に話し相手になってくれないとのこと」でした。後から反省したのですが、話を聴くという難しさ、いや、話してもらう難しさを痛感した事案だったのです。ですから、先入観を持ってしまうことは相手に大変失礼であり、自分の未熟さを露呈してしまうことになってしまうのです。ですから、自分の思いはあるけれども、それが先行してしまうと会話は成立しなくなり、方向がどんどん逆方向を見てしまうのです。

トラブルの多くは、人間関係に端を発し、それも言葉の表現の未熟さであったり、または、傾聴できなかったりということの積み重ねかと考えてしまいます。特に相手を受け入れることが出来なくなると、手の施しようもなくなります。今日は、色々な方からお話を聴くことができましたが、正直複雑な気持ちにもなりました。言葉の持つ意味をしっかりと勉強しなければと言い聞かせています。

【10人+67人/1000人】今日は4名の方々と出会いました。大変学びとなった出会いでした。

不安

今日は有り難い出会いがありました。取引先の会社社長からのご紹介で新たなお客様をご紹介されました。契約書作成と恐らく任意後見契約書の作成業務になりそうです。そこのお父さんは自分がいつ死ぬか分からないのでといつも不安で過ごしてきたそうです。最初にお会いしたときは本当に不安の色が濃く、いつもの名刺カード?を手渡し少しづつ笑顔になってゆきました。カードの効果は絶大なものでまさしく怪我の功名です。

不安とは、安らがないことですよねきっと・・・高校時代の漢文を思い出します。「ヤスラガズ」不と安の間に返り点を入れると意味が明確になってきます。不安を逆に捉えると、常に安心できることは無い。いつも緊張感を持ち続けることの意味にも解釈できるのかなと思いますね。

いつものように、不安と感じることができるのも生きている証です。不安を不安と感じることが出来なくなったとき、恐ろしい結末が待っているかもしれません。謙虚さ不足→傲慢→人の話を素直に聴くことが出来ない→信用が無くなる→自己嫌悪という悪循環が生まれてしまいます。

どんなことでも素直な気持ちで、無の気持ちでことに当たらなければならないと言い聞かせています。日頃、常に頭の中で言葉には出さないけれど何かしらグルグルと思い描いていると思います。無の心境になることは本当に難しいことだとも思うのです。仮に相手を非難するということは自分という小さな基準を尺度としているからこそ非難という形となり具現されるのかもしれません。

言われているうちが華ですね。言われなくなったらおしまいだと常々自分自身に対しそういう意味でも不安な気持ちで、前向きに進んでゆきたいものです。

今日、出会ったお父さんから得られた教訓です。お客様は有り難し・・・

【10人+51人/1000人】50人達成!!

牛


遂に・・・先月のブログの方が

今朝、ショックなことがありました。仕事の打ち合わせで待ち合わせをしていた取引先の社長から、「亡くなったよ」と・・・それも涙ながらに・・・それを聞いた瞬間、力が抜けるってこのことなのだと実感し思わず涙もそうでしたが、呆然でした。5月22日のブログに書き込みをしていた方が亡くなったのです。

48歳という若さです。きついです。今は、昼ご飯を食べ、今の想いを書き込んでいます。遂に来るときが来てしまったという現実と、何故にお見舞いに足を運ぶことができなかったのかという後悔の念が沸々とこみ上げて半ば自暴自棄の状態です。

午後からも仕事です。打込みます。真剣に・・・「○○さん、見ててくれ」と心の中で叫びながら、もう少しで出かけてきます。泣きたいときは泣こう、笑いたいときは笑おう、悩むときは本気で悩もう、喜びは体全体で表わそう・・・生きているからこそ表現できることはたくさんあります。

知人の死を知りあらためて気付いた多くのことを日頃の生活、仕事にしっかりとフィードバックしてゆこう。知識先行の仕事ではなく、人間力豊かな仕事をしよう。そして、人が喜び、自ら喜び、幸せの真髄を追求しよう。
生きているからなせる技・・・富は金それとも心の豊かさ?

さて、午後からも気合いを入れてバッチリと仕事をしてきまっせ!「○○さん、ありがとう。いつも、会うことは無かったけれど、ポイントポイントで心遣いをしていただきありがとう。これからも、よろしくお願いします。携帯電話のアドレスはそのままにしておきますから」

広い海原のヨット・・・どこへゆくのやら


命を懸ける

今日は目まぐるしい一日でした。早朝から、仕事先に向かい事務所に戻ったのは4時頃です。その後も、出かけ少し前に帰宅しました。みんな同じですよね。人から力をいただき今日も無事終了。感謝です。

さて、もし、人から一緒に仕事がしたいと言われたら?どうでしょう。そして、自らの夢を、お誘いしてくださった会社の夢をかなえる事が可能だとしたら?一生は一度しかありません。今、真剣に考えています。自分でも何が原因で進めないのか?一歩前へ進む、自分で仕事を開業した時以上に考えています。決して、悩んではいません。

声をかけていただけることは本当にありがたいのです。真剣に、懸命に、検討しています。明日、明後日で道が開けるでしょう。この二日間の時間を、気持ちの入れかえと気持ちの開花に費やします。

ところで、私の名刺をお見せしたいのですが、なかなか無理でしょうね。ご縁があれば差し上げます。今日も、あるところで名刺を差し出したところ、「頂戴して良いのですか?」と言われました。名刺は2種類用意しているのですが、ひとつは通常の紙のもの、もうひとつは紙ではあるけれど紙ではないもの。実は、前者の名刺でしたが、お客様宅からの帰り道、車で走行中、センターライン付近によれよれになった自分の名刺らしき紙片が落ちていたのです。車を止め、恐る恐る確認したところビンゴでした。

その名刺は、事務所の子が大事に大切に作ってくれたものなのです。それを見た途端何故か笑ってしまいました。悔し過ぎて…
そこで考案したのが、名刺であって名刺でない、名刺でないけど名刺であるものを作りました。心理的に捨てはしないだろうという発想からのものです。悔しさから発見できることもしばしばありますね。

お陰で、初対面の方と名刺交換をする時に、いつも不思議な顔をされ、また、頂戴してもよろしいですかと聞かれます。それをきっかけに笑いを誘い自然な会話に進むこともしばしばです。悔しさの分は相殺されたようなものですね。

単価○円という激安なのですが…妙な高級感?があるのか、それとも会員カードと思われたのかは定かではありません。最近、市内のとある美容室でもらったという方(若い女性…強調します)がおりまして、捨てられずに、人から人へ回っているのだと実感したのです。(別名:歩く名刺)とでもネーミングしようかな?冗談ですけど。それでも、最後は毎日の自己研鑽の積み重ねにより信頼を得られるのでしょうね。

どんなことにも懸命に人に喜ばれる仕事をすると肝に銘じた一日でした。ここで、満足はいたしません。地球規模で頑張りますか?社長!

【10人+45人/1000人】

ゴミ拾い

今朝はいつもの通勤経路とは違う道を辿り事務所へ向かいました。時として視線を変えてみることは新たな発見があるかもしれません。いつもどおり、信号待ちで数分間停車していると、何気なく横を見ると、歩行もおぼつかないおじいちゃんが、スーパーの袋を持ちゴミ拾いをしていたのです。袋は既にパンパンでした。

どこから歩いてきたのか、あれほどのゴミの量になるのですから…大変だっただろうな?と思っている自分がもうその時点でアウトでした。自己嫌悪までは行かなくとも、近いものがありました。反省のどん底でした。おじいちゃんは自然体でゴミを拾い続けてきたのでしょう。私はというと「傍観者」です。何も出来ない自分がいて反省でした。

口ではいくらでも良いことは言えます。しかし、心が伴っていなければ必ず矛盾が出てきます。完全犯罪は不可能であるのと同様です。おじいちゃんは心がしっかりとその行動に表れていたのです。
比喩するならば、目は口ほどにものを言う、言葉は思いを表す最大の表現、表情は内面の心を最大に表現している、行動は心を正直に投影している。とでもいえませんかね?

何気に「ボロは着てても心は錦〜♪」なんて古い古い歌詞を思い浮かべてしまいました。服は着せられるのではなく、着るものですよね。どんな服を着用しようとも高級に見えるようになりたいものです。そのためには内面を磨かなくてはと言い聞かせています。毎日が気付きであり反省です。

おじいちゃんに気付かせていただきました。ありがとうございます。

左…いい男 右…疲れている男 ???


さて、今日の写真は若い若い同業者の方です。わざわざ事務所を訪問してくれました。依然話していたイケメンです。目が非常に良いのです。WIN−WINの関係で頑張りましょう。快君、すくすく育ってね!
【10人+42人/1000人】最近数字が増えていないなァ〜反省

素直・・・子供・・・大人

昨日は、ブログを休ませていただきました。素直に休日です。
小さな子供の目は何にも染まっていないきれいな目をしていますね。大人の目はどうでしょうか?きっと、きれいだと思うのですね。向かい合って座って誰かとお話をしていたとしましょう。興味のある方は、目の中の黒い部分が大きく開きます。そうでない場合は小さくなります。

子供と大人の大きな違いは、恐らく、興味の有無ではないかと思うのです。よく、濁った目なんて表現を聞きますが、大人は様々な情報を得、そこでより分けしてしまっているのかもしれません。ところが、小さな子供は見ること全てが好奇に満ち溢れ、いわゆる概念が作られてゆくのではないでしょうか?

きっと、大人も常に何かを吸収しようと思うと目はパッチリと見開き、子供同様吸収してゆくのではないでしょうか?よく、素直になるのは難しい、素直になりなさい、と言い、言われることしばしばですが、素直って?と真剣に考えてみた事があります。素は小学5年生位?に習う文字でなかったかな?

いわゆる“もと”“手をくわえていないもの”“もののはじめ”等の意味があります。個人的に私自身は化粧をしていない素顔が大好きです。男女問わず。これには色々な意味も含まれています。内面がしっかりとあらわれるはずだからです。以前、このブログのどこかで書き込んだ事がありましたが、自然、自然体はまさに素に近似していると思います。

今日、何故このことを書いているかというと、今日も新たに4名の方と出会い、一人は、市役所の出先の方で、窓口で自然に声をかけてくださった女性です。この方は、「どちらに御用でしょうか?」と聞いてくださり、それが、作られていないのです。普通にだったのです。役所関係であれだけ自然に声をかけてくれるのはカルチャーショック的でもありました。思わず、帰り際に名刺を渡してきました。

お二人目は、ある特養施設に立ち寄った際、そちらの事務長とでした。会話はほとんど出来ませんでしたが、お世話になっている知人がいるものですから、まずはご挨拶をさせていただき、自分史を宣伝してきました。

三人目は、これから私自身が取締役?に入るかもしれない会社にて、市議会議員の方に出会えたことです。こちらの方にも、自分史を宣伝?しつつ、自己紹介をさせていただきました。この方は、やはり自然だったのです。あの雰囲気が良いのですね。これを機にいろいろとお話をお伺いしたいと思いました。

四人目は、やはり同会社にてお会いした商社にお勤めの方です。聞くと、夢をしっかりと持ち合わせていて、機会をみて社長とこの方とで真剣にお話しをする機会をもちます。いい顔してました。今日は、素直という言葉がぴたりと当てはまった一日でした。素直、自然、普通なのですかね?

素直に戻る方法は、興味をもつことかもしれません。ですから、昨日のブログをお休みにしたのも眠たかったからです。これは、素直ではなく単なる怠慢ですね…反省!

素直に食べたい“明石焼”…明石にて


【10人+42人/1000人】※10人は自分史作成教室参加者の人数です。

元気

タグボートで大型船をドックに繋留させる作業風景


「元気ですか?」と何気なく交わす言葉…元気の語源は「減気」らしい。「中国では万物生成の根源の精気」とか。日常では「活動のもとになる気力。また、いきいきとして活力の盛んなさま。」
さて、その元気はどこから生まれてくるのか?

元気に近い意味では健康がそのひとつとしてあげられるでしょうね。この健康とやらは、唯一です。病気や怪我の種類はたくさんあります。健康を維持するということは、雨降りの時、傘をささずに雨に濡れないで歩く事が出来るのかというくらい、難しいことかもしれません。

私は、このごろ風邪を引かないのはなぜか?と、自問自答。よく「バカは風邪を引かない」と言われますが、自分は本当にそうかもしれないななんて考えてしまいます。良い意味でバカになれたらバカで結構かも?

ところで、愚痴は病原菌のひとつかもしれないと、最近、つくづく実感しています。結果を出すも出さぬも自分次第。自分自身の愚痴を他人に話すことなんてありますか?ほとんど無いでしょうね。自分を認めてゆく、かといって傲慢になってしまっては、それこそ、周囲から愚痴られる存在になってしまいます。そうではなく、相手を受け入れ認め、自分を受け入れ認め、すると精神的に、健康となることができるかもしれませんね。
元気を本当の意味での元気になりたいものです。

娘が世界史の勉強方法について聞いてきました。正直、困りました。現在の世の中の動きを基本にしてみると、いわゆる原始時代の人間の生活はどうだったのか?生活様式、ルール、生きる目的、利便を求めるために考案されたこと。等々、基本はそこからかもしれません。きっと、当時は生きる事が生きる目的だったのかなと思います。勉強不足が露呈されてしまいますね。

さて、今日のお初の出会いはお二人でした。それが、先日のファインアスキーさんの社員さん、それから、会計事務所の方、あ〜写真を撮ってくるのを忘れてしまいました。次回ですね。
社員さんは、夢を明確に抱いており、笑顔が可愛い子でした。素朴さがチャームポイントかな。会計事務所の方は、いいオトコです。真面目な方でした。これから先のお付き合いが楽しみです。

  【34人/1000人】

目的

今朝6時「またか」というニュースが目に飛び込んできましたね。殺人です。特に、目的もなく殺したかったから?殺意がない殺人?なのでしょうか?よく理解できません。あまりにも短絡的というのか、本人はどのような精神状態だったのでしょう。

生きる目的はみんなそれぞれ異なるものの、目的があるから生きているんだと思いたいのです。今日は札幌へ出張で来ておりますが、これだって、目的があるからです。いつも、当たり前のことばかりを書き綴っているのかもしれません。その当たり前のことがなかなかできていなかったりする自分がいるのです。(反省)そんなの当然だよ!当たりめーだべ。と簡単に言うことこそ、また簡単です。

何気なく使っている言葉、何気なくの会話、この「何気」がまた、くせものかもしれません。何の気持ちもなくが語源でしょうか?そう考えると、本当に気持ちがあって会話をしているのだろうか?と自己反省の世界になってしまいます。言霊という言葉を耳にしたことがありますが、深い意味をもつ言葉ですね。「どうせ」「できない」「無理だ」「所詮・・・だ」「ダメだ」なんていう言葉は怖いですね。本当にそれらの気持ちが実現されてしまうのですから。

今日の殺人、さらには放火事件、札幌でのJRの人身事故、全て、人が起こしているのです。話は繋がっていないのかもしれませんが、自分の思いは実現してしまう。と言ってもよいのかもしれません。

何に頼ろうと思っても最後は自分自身に勝てるかが勝負の分かれ目かも?
他人と勝負はしなくともよいと思います。自分が自分に打ち勝つか。
個人的にプラス思考という言葉はあまり好きではありません。プラスプラスに考え続けると自然さが失われてしまう。きっと、謙虚な気持ちやスタンスが大切なのでしょうね。

ひとつ、大人もアンパンマンの歌を聴いてみましょう。決して、笑えるものじゃありませんから。深いですよ本当に深い!
あ〜日が変わってしまった。

今日の出会い、旧友1名、元々の職場の大先輩1名、恩師1名、車ですれ違った人?名(これは冗談ですが・・・)、新たな方とはお会いできませんでした。

明日は早朝から出かけます。明日は、別な意味で勝負の日となります。


 

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