〜行政書士松田聡事務所からのお知らせ〜

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気楽に頑張る!

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本当に久しぶりのブログです。ここ最近は、フェイスブックを中心にしていたものですから、ブログが疎かになってしまいました。
今年もあっという間に11月を迎え、気づけば12月を目の前に控えています。今年は年明けの元旦から仕事が入り、さらに二日も三日もといった毎日でした。これはこれで本当に有り難いことです。事務所も開業10周年を迎え、節目の一年でもありました。出会いがあり別れがあり、紆余曲折しつつも心温まることもあり、人生の縮図をこの一年間で過ごしてきたように思います。実際にまだまだこれからも色々なことがあるのですがね。

この世に生まれて51年、結婚して26年、親になって25年、爺になって3年、公務員20年、民間企業2年、個人事業10年・・・様々なことを年数に置き換えると色々なことが想い出されます。この中でも、個人事業の10年は長いようであっという間に今を迎えています。年齢を重ねるごとに一年の進み具合が速く感じるのを実感しています。そして、来年の今頃は生きていられるだろうか?や、来年も行政書士をしているだろうか?など、色々なことが頭の中を駆け巡っています。

せっかく生まれてきたのですから、何かに頼ることなく、さらに自由人で生きてゆこうと良い意味で開き直っています。やったもの勝ちではありませんが、来月下旬もまた違った趣向でイベントを開催します。一生一度きりの人生ですから、好きなことをやればよいわけで、何かに囚われることも無く、何かに左右されることも無く、自由に気ままに好きなことをやれば良いと心に決めています。ですから、来年の今頃は実際にどんな状況になっているかと思うとわくわくしてきます。

それも多くのお客様から多くの後押しがあり、さらに、心から信用できる何かを見つけられたからです。その何かはご想像にお任せしますが、自分の中の信ずるものの存在は大きいのであって、今年は、それを見つけられたのが良かったのです。これからもまだまだ色々なことを画策してゆきます。多くの子供達に夢や目標を与えられる存在になるには、不断の努力は不可避であってそれを目指し再び点火着火してくれた方がいたことも確かなことです。

ともかく、自分自身のコアをしっかりと認めたうえで、誰の力も借りず、誰に頼ることもなく、全身全霊で毎日を過ごさなければなりません。もちろん、時には大きな気分転換も必要ですが、実際のところ気分転換などする時間があるのなら、自分の当たり前になるよう努力せずにはいられません。今年は飲みに行く機会は五本指で足りています。それで良いのです。自分を奮い立たせなければ発信できませんし着信も出来ません。誰が何と言おうと本気で臨みます。来年の今頃は何をしているのかを目の前の目標として気楽に頑張ります。

「ある電話から」

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先日、突然クレーム?如き連絡が入りました。

その内容は、「あなたは行政書士ですよね。あなたと同じ行政書士がね、昼頃に弁当を買うためだと思うが、横断歩道を渡らずに車道を堂々と横切っていた。一体何様のつもりなんだ。誰がどこで見ているかも知らずして・・・一体、どうなっているのか?」という趣旨の内容でした。

どうやら、その行政書士のことを知っていると思しき人物でした。私に言われてもどうしようもないというのが本音ですが、法令順守という言葉が頭を過りました。

我々は、お客様のご依頼により、様々な許認可申請書類を作成する役目、あるいは遺言や相続といった各種書類を作成するという役目、また、時にはお客様に寄り添って手続きを進めてゆくという役目、それこそ多種多様であるわけです。その多種多様の業務に対し、手続きあり気の姿勢がこのような日常の行動に繋がっているのかもしれません。

お客様はシビアに見ています。本当にシビアに見ています。だからこそ、身を律しなければならないのです。そんなことは敢えて言わなくとも備わっていなければならない資質なのです。子育てに置き換えた時、どのように伝えてゆくのでしょう。私は、今回の件で、日頃の行動言動思考が自らの首を絞めつけてしまう恐れがあることを教えられました。自らを戒めつつ、業務においても十分に気をつけてゆかなければと身を奮い立たせています。

その方から最後に「あなたに言えば、何とかなると思い電話をさせてもらった・・・。今後、何かあった時はあなたにお願いさせていただく」と言われました。よくよく考えてみると、実は、行政書士に対する期待もあったはずです。それでなければ、わざわざこのような電話をかけてくれないでしょう。実に有り難いことです。

明日から新たな一週間が始まり、再び怒涛の一週間となります。さらに海外からもお客様がやってきます。しっかりと肝に銘じて仕事を進めてゆきます。常に原点に立ち返らなければなりませんね。

職業体験

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「職業体験」
〜始めたきっかけ〜
 私は、前々職時代に業務の関係上、道南地域の各市町村教育委員会や小中学校との接点がありました。また、子供が小学校へ入学した当時から現在に至るまでPTA役員を17年程引き受けさせて頂いています。これまで、学校では子供達のために、ゆとり教育、いじめ防止、キャリア教育、食育、地域連携、防犯防災、IT教育など、時世に合わせた教育を取り入れていることを目の当たりにしてきました。
 余談ですが、PTA活動では、現在、各学校で危険マップを作成しているようですが、私がPTA会長として最初に手掛けて作成し、さらに防犯ブザーを警備会社と折衝して寄付をいただき子供達に携帯させるようになり、いずれも当時函館市内での第1号でした。現在では、各学校においても取り入れられているようです。どこかで波を立てるきっかけを作らないとならぬことを体験しています。
 そこで、私自身、現在の行政書士事務所を開業することになり、開業時には二番目の子供が中学へ入学し、当時の校長から「キャリア教育の一環でご協力いただけないか」とのお声がかかったのがきっかけとなり、事務所において職業体験を引き受けることになったのでした。あれから10年が経過し、すでに200名以上の子供達が事務所内にて体験を行いました。

〜子供達の表情〜
 事務所にやってくる子供達の表情は、思い切り緊張しており、中には余りの緊張からか眠ってしまう子もいました。普段、親や先生以外の大人との接触はあまり無さそうな気がします。しかし、ある言葉をきっかけに子供達は一気に日常の表情へ変化してゆくのです。

〜何を体験させるか〜
 職業体験を引き受けたものの、何を体験させようかと試行錯誤した結果、最初は「自分を知る」をテーマとして、子供達の保護者からの承諾を得、市役所において自ら住民票を取得させることにしました。また、自分の親子関係などを題材に親族図を作成させ、相続分を計算させてきました。数年前からは、「会社設立」をシュミレーションさせ、そこから見えてくることや気づくことを言葉にして話してもらうなど、徐々に立体的になってきています。これが気づくと事業計画書に繋がってゆくので面白いのです。

〜体験から見えてくること〜
 住民票を取得する際、請求書に必要事項を記入させるのですが、ここから見えてくることも興味深いのです。両親や家族のことを知らない子供達が当たり前に存在しているのです。ある子にお母さんの年齢について尋ねると、真顔で「母は25歳です」と。逆計算をすると、母が小学5年生の時に生まれた子になるのです。一瞬、「えっ?」と思いましたが、お母さんが何歳の時にあなたは生まれたのかと聞くと、そこでも「25歳です。」と。本人もようやくそこで気づいたということがありました。
 また、会社設立では、個人と対比しながら、商号、本店、資本金、目的をそれぞれ考えてもらいながらの作業です。中でも、会社の目的を設定する際、個人との対比では、子供達の悩みどころであり、私自身も悩みどころです。「なんのために生まれてきたの?」となるわけです。そこから、日常生活における家庭での役割や学業の位置づけについて子供達それぞれ自由に想いを述べてもらいます。これまで事務所に来た子供達の中で9割以上の子は「社会貢献」や「人のため」と話してくれました。


〜職業体験を通じて〜
 この職業体験では、我々行政書士について、人の出生から死に至るまで、名づけて「人生スケール」を子供達に想定してもらい、各場面における行政書士の役割を体感してもらっています。
職業体験をとおして、子供達の頭の柔軟性により、今後の行政書士業務のヒントを頂ける最高のチャンスだと毎回感じています。
その一方で、家族という単位についても、今後、我々行政書士が各クライアントにしっかりと寄り添って、親は子を、子は親を、それぞれ大切なことを知ることの必要性を訴えてゆくことを感じています。
何故なら、家族が崩壊し、相続争いが惹起し、その結果、街並みも商売も崩壊してゆく可能性が十分想定できます。そのためにも、我々行政書士が子供達に対し、今からしっかりと啓発してゆくことが肝要ではないでしょうか。
年内はあと4校から中学生達がやってきます。まだまだ、親父の背中を見せないとなりませんからへこたれませんよ。
 

事務所広告です。

当事務所の広告です。函館市役所本庁舎1階、湯川支所ロビー内で放映されています。
よろしければご覧ください。
https://youtu.be/euCESW_iz7I

 

生前整理、終活・・・???

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しばらくぶりのブログアップです。ここのところフェイスブックにて近況を軽く軽く載せており、ブログを疎かにしていたことに反省です。さて、当事務所もなんと10周年を迎えることが出来ました。あっという間でした。多くの皆様に支えられ助けられここまでやってこれました。あらためて感謝申し上げます。

今年に入ってからというもの、休日らしい休日はなく、来月のお盆時期も休む予定はありません。この期間こそ、受託業務を一気に進めるチャンスだからです。当事務所の特徴なのか、業務には必ずといってよいほど、紆余曲折してきた案件が持ち込まれています。だからこそ醍醐味があり、完結後のお客様と共に心から喜びあえるのですからやめられません。

また、公的な意味合い深いお仕事も舞い込み新聞紙上に掲載されるなどテンションが一気に盛り上がります。最近では、生前整理や遺産整理に関わる業務が非常に多く、そのためか地方への出張機会が増えていることも実際です。昨日も、日曜日から帯広、北見方面へ出張し、現地で新たな業務を受託してきました。しばらくは、何度か往復することになるでしょう。

また、本州方面からの生前整理のご依頼もあります。生前整理に、行政書士がどのように関係するのかと疑問を持たれる方も多いと思いますが、実は、いくらでもあるのです。私の得意分野の一つとして、不動産に関することがあります。それも原野商法絡みの調査案件です。昨年も本州や四国から調査依頼があり、一喜一憂する場面に出くわしました。

後世に承継すると一言でいいますが、それはそれは幅が広く、土地の沿革を掴み、さらにその当時の時代背景を鑑み、何故、そのような土地を購入することになったのかまで推測し、お客様に報告することになります。それが、案外見落とされているケースが往々にしてあるのです。原野商法に関わらず、案外、不動産(土地)を保有している方々にも何らかの支障があるかもしれません。

土地を購入するときの心理はどうでしょう?家を建てるときの心理はどうだったでしょう。土地について自ら様々な資料を収集して調査をしたでしょうか?誰か任せにしていませんでしたか?登記しているから大丈夫などと思っているわけではないでしょうね?こんなことを相談者に投げかけています。時すでに遅しなんてこともあり得ます。私の立場として直接的に解決を図ることはほとんど難しいでしょうが、何かしらの方法についてお伝えすることが出来る可能性があります。

財産を保有した責任として、後世に承継するのであれば、元気なうちに内在している問題点をあからさまにしておくことで、将来、相続が開始されたときにスムーズにことが運ぶことでしょう。先週、土曜日には午前はある小学校の社会学級にて、また、午後は福祉関係のボランティアグループにて、生前整理と終活をテーマとして講演してきました。午前午後で総勢70名近くの方々に聴いていただくことができました。そこで、出た共通する心配ごとが浮き彫りにされたのです。

その浮き彫りになったことを基に、お取引先の社長との会話の中で、法人化しようかという新たな話題も出てきました。その根底にある大きな目的や命題はただひとつ・・・「安心」というキーワードです。法人の話しは夢物語としても、何らかの形にして「安心」を掴んでもらおうと考えています。その前提で、来月中にある小さなイベントを開催します。生前整理、終活は決して他人事ではありません。財産の大小でもありません。生きているからこそ避けられないこと。それは十人十色なのですが、生きているという共通項がある以上避けられません。

また、生前整理や終活についてブログにてお知らせします。

そういえば、函館市役所本庁舎と湯川支所の戸籍関係の窓口付近のモニターに昨日から不思議な内容のものが映し出されています。もし、興味があれば行ってみてください。

きづこうよ

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今年も6月に入りました。つい先ほど帰宅したのですが、遅い時間にも関わらずお客様が快くお待ちくださっていることには本当に感謝しているのです。今日は午後1時過ぎから外勤に出たきり、事務所に戻ったのは午後10時頃、それまでの間はお客様を5件ほど訪問し、新規で数件のお仕事を受託し、また、ようやく完結を迎えることになった業務もありました。

また、今週末は千葉県は蘇我、東京は八王子と霞が関、横浜は磯子へ出張してきます。それに並行して時間があれば、新たな事業を模索すべく、ある事業所等を訪問してくる予定です。私の事務所も今年で10周年を迎えますが、いつも心に決めていることは、誰かに依存した仕事の仕方ではなく、自ら発想した仕事を構築してゆくことです。待ちは待ちで終わり、それ以上、進化はありません。

自らの発想こそが仕事を育んでゆくのでしょうが、旧態依然の変化もない仕事は、結局のところ目先のお金さえ手にすればそれで良しなのでしょう。そこには、成長もありませんし、面白味がないような気がします。そうです。今日あるお客様を訪問した際、「先生は仕事をする体型ですね。」と言われました。仕事をする体型?一体、どんな意味だろう。でも、自分の体形を自ら解析するに「いわゆるデブ」なのです。自分の標準体重よりも5キロも多いわけで、これで仕事をする体型と呼べるのかと自問自答していました。

自分の弱さが、食欲や嗜好に現れ、その結果が今の私なのでしょう。もっと、精神力を強め、誰が何と言おうと自分のコアは曲がることなく死ぬまで突き通すくらいの本気さが備わらなければと言い聞かせています。目の前で飛び降り自殺の一部始終を目撃した私ですが、そこから自分の人生観が変わり、いつ死ぬかもしれない生物がもつ運命を自覚させられ現在に至っています。

つい先日、娘の一人が入院し手術を受け、摘出されたものが悪さをするかどうかの瀬戸際に立たされました。しかし、それも娘の運命なわけで、親の私は神のみぞ知るの心境でした。その結果がどうであったとしても、その結果を真摯に受け留め、あとは娘の精神力に任せるよりなかったのです。冷たい親だと思われるでしょうが、親子であっても、一人はひとりですから、痛みを知ることが出来なければ、代わりに手術を受けることも出来ず、結局は娘自身のことを周囲から見守ることしか出来ません。

いくら医師に駆け寄ったとしても、どうなるわけではありません。今や、子供が職場に親が送っていくということを耳にします。その職場の方々は言葉には出さないものの冷ややかな目で見ているそうです。当然でしょう。そういう親に限って、社会人である子供がするべきことを親が代わってするような場面が必ず出てきます。たとえば、就職したばかりの時は職場という世界に馴染むまで時間を要するのですが、学生時代の延長と勘違いして「行きたくない」「面白くない」といった理由から職場を簡単に休むなど、そんな時に親が職場にお休みの連絡をするようなことが往々にして起きているようです。

私が就職したときは、送ってもらうなんてとんでもないことで、たとえ風邪を引いたとしても親が職場に電話をするなんて社会人としてはあり得ないことでした。それが、今の時代は変化しているのですね。仕事をするとはいったいどういうことなのか?それ自体を親が理解できていないのかもしれません。私も、経験があるのは、本来本人が書くべき文章を親が代わって書き上げてきたというものです。一瞬にして見破られるのを分かっちゃいないのか唖然としたものです。本当に子供が可哀そうです。そのことを親は全く分かっていないのですね。

これから先、どんな時代になるのでしょう。私自身も、自分を俯瞰して常に自問しながら反省すべきは反省し、果敢に進むべきことは進めてゆきます。さて、明日は8時にお客様を訪問し、その後、お取引先や同業の方が次々に来訪されます。午後は、調査と申請準備ですね。農地、風俗、建設も待っています。

 

俯瞰する

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今月も終盤を迎えようとしています。今月も色々なことがありました。それは、今も変わらずです。行政書士となりあと少しで10周年となるのですが、ふと、自分を俯瞰したとき、これで良かったのか?自分の言動はどうなのか?人の話しをしっかりと傾聴できていただろうか?これまでの仕事の仕方はどうだったのだろうか?などなど、反省しなければならぬことが山ほどあることを気づかされています。

お客様とお逢いすると、そこから様々なことを学ばされます。人のお話を傾聴するとは、実は、自分の感情はそこに存在してはならぬことを学んできました。人のことを判断するとは、実際のところ、100年も早いわけで、判断基準はあくまでも自分を基準とした物差しでしかないのです。私自身の仕事の仕方は、どうしても突っ込んでしまう傾向にあるのですが、それをいまさら変えるつもりはありません。何故なら、突っ込まないと中身が見えてこないからです。

きっと、自分も、誰かに話しを聴いて欲しいときは、突っ込んで欲しいという願望があるからでしょう。しかし、話せない現実もあります。話すけれども、本心を明かせないでいるのが本当でしょう。それを出してしまえば、きっと、人のお話を聴けなくなるからかもしれません。自分が若い頃に、相談を受ける役目として毎日のように様々な相談を受けていたのですが、受ける私が未熟であるために、自分の中で葛藤し悩み、終いには体に変調をきたしたこともあります。

私自身、人のお話を聴くとは、話しを聴きながら、聴いている自分を自ら俯瞰しながら聴くという姿勢を当たり前にしてゆかなければならないと、常に自分に言い聞かせながら相談を受けています。特に、私は、自分の価値観でお話しするとなると、ある意味無責任極まりないことになってしまう恐ろしさがあるからです。自分の感情は「無」に、自分の価値観は「無」にしていなければ、相談者の本質に迫れないはずです。

聖徳太子ではありませんが、たくさんの人が発した言葉を漏らさずに理解して、それらに対し、的確に答えたという伝説?がありますが、それは記憶力が良いのか、あるいは、本気で傾聴していたからなのかは分かりませんが、いずれにせよ、真剣に集中してお話を聴いていたからこそ、聞き分けることができたのでしょう。

視野も同じ気がします。様々な視覚情報を多く収集できれば、事故に遭うこともへるはずです。どんな些細なことでも見逃さない姿勢は磨き続けたいものです。どうしても、物事が円滑に進めば進むほど、謙虚さは失われ、奢りや傲慢さが知らず知らず現れてくる可能性があります。私も、今年が最後になるかもしれないと常々言い聞かせ、いつどうなっても良いように、それが普段の状態にまで気持ちを引き上げてゆければという願望があります。

常に俯瞰し、心で傾聴し、素早く見極めること。そのためにも、普段からどんなことでも構わないので、些細な変化にも気づけるような態勢が必要な気がしています。退化しつつある五感を今こそ際立てて活かさないとなりませんね。

研ぎ澄ます

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久しぶりのブログアップとなりました。今年に入ってからほとんど休みらしい休みを取れず、お仕事をさせて頂いておりました。仕事だけではなく、プライベートでも気持ちの整理がつかぬ様々なことが頭の中を擡げています。決して、夫婦の危機とかではありません。その危機は結婚当初からずっと続いておりますから・・・(笑)

そんな冗談でも言っていないとやり切れぬことがあるのです。まさか、こんなに身近で・・・などと自分自身になると居ても立っても居られない程の精神状態になることを体感しています。だからといって、仕事をおろそかにすることは絶対に避けなければなりません。まあ、神のみぞ知ると表現しておくしかありません。

ところで、今年に入ってから、出張が多いこと多いこと。北見、札幌、遠軽、帯広、広島、栃木、東京・・・そして、来月以降も本州方面へ行かねばなりません。先日、栃木県までの出張は急な案件でしたから、自動車をフェリーで航送し、そこから走り出しました。東北道、北関東道、関越道、北陸道、秋田道を周り、函館に戻ってきました。

2月は5日間で、2300劼鯑仔發世韻覗行しました。今回は、大間で下り、青森から帰ってきたのですが、距離にして1500劼任靴拭お陰様で新車として購入してから2年6か月ですが、現在、72050劼鯀破しました。今回の長距離走は案外楽でした。何故なら、昨年8月の真夏日に軽貨物自動車で群馬から走行してきた経験からです。

あの時は、車が壊れるのではないかと常に不安な気持ちでしたが、今回は不安もなく、燃費も良く、運転も楽でした。私がの車はマツダのCX5です。今回の燃費は高速道を走りましたが、平均して18/ℓです。これだけ走れば文句なしです。燃料費も安いですし。来月以降の日は未定ですが、再び本州へ行くときは、はやぶさで行こうと思います。また、時間的余裕があれば山形県にも行って来ようと考えています。そうは言うものの、今の状況では時間的余裕がありませんからね。

そういえば、今朝、公証人役場へ行った帰り、知人とすれ違いました。太陽の眩しさからか手で顔を覆っていたため、顔を見ることはできませんでしたが、元気そうだったので良かったです。しばらくぶりといっても分かるものです。この頃は、冴えているせいか「頭の中で思い出した人」を二日か三日くらいで本当に遭遇することがあります。これは、冴えている証拠です。視野を拡げ、耳を大きく拡げ、とにかく情報を五感で収集する気概でいると、黙っていても、情報が入ってきます。理解しづらいかもしれませんね。でも、本当です。そこには、自分の邪念が入り込む余地はないのです。

さあ、明日も頑張りましょう。花見も出来ずですから、これから夜桜を見物してきます。独りで・・・

決算、結算

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函館山から当別方向
写真はこのブログを始めたころのものです。
 
ついに、今年も確定申告の時期がやってきました。実は、昨年のことを想い返せば、様々なことが起きた一年であり、正念場の一年であったと言い聞かせ、それこそ事務所の存亡をかけて臨んだ一年であったと心の中で決めていたのでした。

数字は心の現れと言いつつも、果たして、当事務所はどうなのか?数字の源はというと、どれだけのお客様と出会ったかの結果なのです。だからと言って、様々な異業種交流的な場に行くつもりは毛頭ありませんし、自ら、何かしらの集合体を構築すべく、大袈裟かもしれませんが、身も心もズタズタになりながらも何とか歯を食いしばり一年を過ごしてきました。

本気の本気で、事務所の存亡をかけた一年でありました。その間、事務所はもちろんのこと、お客様から受けた業務でも紆余曲折したことが実際にありました。心が弱っている時こそ頑健な心を持ち合わせないとならぬことを教わった気がします。今や、何かと「うつ」などと容易く病名がついてしまう時代ですが、果たして、どうなのでしょうと疑問に思うのは私だけでしょうか。

プライドが高く、自分が一番で、自分自身を俯瞰できず、誰かのせいにする・・・これこそが、謙虚さを失い、周囲から見放され、気づいたら「独りぼっち」という図式が成り立つものです。これまでに幾度となくこのブログに書き綴ってきましたが、私自身がこのような心の持ち合わせですから、それを脱するためにも、日々お客様と心を込めて本気で臨み、自分自身の状況を必ず俯瞰して一日を反省するということを毎日繰り返しています。

それでも、まだまだ人間として成り立っていませんから、やはり、メリハリをつけた生き方が大切であり、厳しく臨まなければなりません。死ぬまで勉強なのです。あるお客様から『「もう、これで良い」と言ったら先は無いよ』と言われたことを想い出しつつ、常に前を見据えて我を張るのではなく頑張るのです。

今年度の決算=成績表は子供にも負けないくらいに頑張ったといえます。前年度よりも減少していたのなら本気でやめようと思っていた事務所ですから、歓びもひとしおです。今年は、それ以上に反映させなければなりません。私が、思いのまま、思いどおりに行動することをしっかりと後押ししてくれた事務所の補助者、そのご家族には心から感謝しています。

また、事務所を継続できる状態になったことは、事務所を取り巻く多くのお客様の存在を語らぬわけにはゆきません。本当に応援して下さった多くのお客様には感謝という一語で済ますわけにはゆきません。今年は、確実に着実にかわら版持参でご挨拶に伺うようにします。

確定申告も終わりましたし、心新たに次のステップを具現化してゆく所存です。今日は、所得税も消費税も一括で納めてきました。確かに、納めた税金は多額でしたが、来年はさらなる飛躍を目指し日々精進してゆく所存です。

ところで、今年に入ってから市役所などのお役所にほぼ毎日出かけています。また、業務も順調に推移しております。今日も昨日は3件、今日も3件というように何かしらのお仕事を頂いております。現在、二人で業務を進めておりますが、まだまだ余力はあるはずです。心身ともに健康であることが大前提です。これから早めに上がり、健康増進のためお祝いをしてきます。

明日からも心新たに頑張ります!

お客様からの学び

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今日は朝から外勤続きでした。5、6件の完結書類をお客様にお届けするためです。明日も続きます。毎日、時間をどのように効率よく過ごすかが我が事務所の課題であり醍醐味であるのです。ここのところ、毎日のように新規業務を受託しており、今日も海外?と思われる方からの業務依頼でした。

さすがに月初の最初の月曜日ですから、役所も混雑していました。市役所は人間観察するには最適な場所でもあります。高齢とまでゆかぬ顔色が悪いお母さんと共に現役茶髪のお兄ちゃんが生活保護窓口であーでもないこーでもないと駄々をこねていたり、窓口で自分の要求通りにならないと怒鳴っている人物がいたり、本当に様々です。我々の仕事は明日にはどうなるか分からないという不安定さがあるのですが、それを楽しまないと嘘です。

さきほどの窓口でのお兄ちゃんに注視していると、権利主張ばかりが目立ちます。本人は働こうと思えば働けるような風貌と目の輝きです。今や、もらえるものはもらっておけ的な傾向が強くなっている気がしますが、そのお兄ちゃんの生い立ちについて勝手に想像していました。お母さんは、きっと一生懸命に手塩にかけてお兄ちゃんを育てたのでしょう。手塩のかけ方が果たして本来だったのでしょうか?今日の様が結果とすれば原因は容易に察することが出来るでしょう。

手塩とは、目の前に置かれたで、自ら味加減を手塩皿に盛られた塩で調製するために置かれた塩ということから、自ら直接面倒を見るという意味に繋がったようです。面倒の見過ぎ、手を掛け過ぎた結果、自ら発想せずに与えられたことだけをこなしてゆくような勘違いが起きたのかもしれません。しかし、誰とて自らの欲求など他人が押さえつけられない感情があるはずです。ところが、小さいころから押さえつけられながら育ち続けると、結果、窓口にいたような人物に至ってしまうのではないかと、自戒しながら考えていたのでした。

いつも、想うのはこの世に生を受けたのですから、そもそもの人間としての役割を自らの責任でもって果たしてゆくことが使命であるのではと思えてなりません。崖っぷちに立たされて、時には人に裏切られたとしても、自分に全く責任が無いのかと言えば、絶対にそんなことはありません。誰かのせいにすることや言い訳などは年を増すごとに聞きたくもありません。さらに、プライドが高ければ高いほど軌道修正はほぼ困難かもしれません。場面緘黙症という症状がありますが、これに似たような日常の場面で起きていることを垣間見たことがあります。

それは、事務所での仕事の時、私がいるのといないのとでは、態度が変わるというものです。これには、私は随分と頭を悩ましました。スタッフ間でもそのとおりです。いわゆる、いじめのような形態かもしれません。話は随分と逸れましたが、子供は親の鏡であるということをあるお客様から言われたことが今日の一番の印象です。それは、誰がと言うことではなく、私自身、子供を見た時に、親の私はどのように見られているのだろうかと赤面しながら考えていました。

子供は親の鏡・・・まさにそのとおりでしょう。だってね、子供は誰を見て育つかと言えば、親ですからね。頭ごなしに子供を押さえつけると将来子供は確実に爆発するでしょう。その時になってからでは遅いのです。随分以前に、ある会社社長が、50歳で自分に何かを気づき、軌道修正しようとしたら50年かかると言われたことがあります。これは、本当のことだなと実感したことがありました。その前に、親としての責任をしっかりと果たさなければ子供は道標どころか路頭に迷うこと必至です。

私も、毎日帰りの時間が遅く、子供との会話は一週間に何時間あるかと言えば、何時間と言えるような時間ではありません。しかし、毎朝の短い時間で子供の表情を見、声を聴き、食事の様子を伺いながら子供の心情を把握するようにしています。そして、時間があるときに一気に会話を進めるようにしています。子供に物を買ってあげることはほとんどありません。必要な学用品や書籍などは一緒に探しにゆくようにしています。子供自体、あれ欲しいこれ買ってという言葉を聞いたことがありません。

あるものを活用する、あるものを最後まで使う、貧乏性と言われればそれまでですが、便利品が台頭し、五感が狂い始めている昨今ですから、原点をしっかりと気づかせるようなきっかけをつくるようにしています。口でいうのは容易いですが、行動を通じて子供が感じ、考えるように仕向ける図式です。義務を履行せず権利主張を繰り広げている様を見聞きすることがありますが、はっきり言って関わりたくはありません。なんだか、支離滅裂な内容になってしまいましたが、今日のお客様からのお話や人間観察を通じ、気づき、考え、反省させられたのです。

明日もまた面白い一日になることは必至だと断言します。何故なら、自分の見方考え方ひとつでそうなるのですから。


 

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