〜行政書士松田聡事務所からのお知らせ〜

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俯瞰する

JUGEMテーマ:日記・一般

今月も終盤を迎えようとしています。今月も色々なことがありました。それは、今も変わらずです。行政書士となりあと少しで10周年となるのですが、ふと、自分を俯瞰したとき、これで良かったのか?自分の言動はどうなのか?人の話しをしっかりと傾聴できていただろうか?これまでの仕事の仕方はどうだったのだろうか?などなど、反省しなければならぬことが山ほどあることを気づかされています。

お客様とお逢いすると、そこから様々なことを学ばされます。人のお話を傾聴するとは、実は、自分の感情はそこに存在してはならぬことを学んできました。人のことを判断するとは、実際のところ、100年も早いわけで、判断基準はあくまでも自分を基準とした物差しでしかないのです。私自身の仕事の仕方は、どうしても突っ込んでしまう傾向にあるのですが、それをいまさら変えるつもりはありません。何故なら、突っ込まないと中身が見えてこないからです。

きっと、自分も、誰かに話しを聴いて欲しいときは、突っ込んで欲しいという願望があるからでしょう。しかし、話せない現実もあります。話すけれども、本心を明かせないでいるのが本当でしょう。それを出してしまえば、きっと、人のお話を聴けなくなるからかもしれません。自分が若い頃に、相談を受ける役目として毎日のように様々な相談を受けていたのですが、受ける私が未熟であるために、自分の中で葛藤し悩み、終いには体に変調をきたしたこともあります。

私自身、人のお話を聴くとは、話しを聴きながら、聴いている自分を自ら俯瞰しながら聴くという姿勢を当たり前にしてゆかなければならないと、常に自分に言い聞かせながら相談を受けています。特に、私は、自分の価値観でお話しするとなると、ある意味無責任極まりないことになってしまう恐ろしさがあるからです。自分の感情は「無」に、自分の価値観は「無」にしていなければ、相談者の本質に迫れないはずです。

聖徳太子ではありませんが、たくさんの人が発した言葉を漏らさずに理解して、それらに対し、的確に答えたという伝説?がありますが、それは記憶力が良いのか、あるいは、本気で傾聴していたからなのかは分かりませんが、いずれにせよ、真剣に集中してお話を聴いていたからこそ、聞き分けることができたのでしょう。

視野も同じ気がします。様々な視覚情報を多く収集できれば、事故に遭うこともへるはずです。どんな些細なことでも見逃さない姿勢は磨き続けたいものです。どうしても、物事が円滑に進めば進むほど、謙虚さは失われ、奢りや傲慢さが知らず知らず現れてくる可能性があります。私も、今年が最後になるかもしれないと常々言い聞かせ、いつどうなっても良いように、それが普段の状態にまで気持ちを引き上げてゆければという願望があります。

常に俯瞰し、心で傾聴し、素早く見極めること。そのためにも、普段からどんなことでも構わないので、些細な変化にも気づけるような態勢が必要な気がしています。退化しつつある五感を今こそ際立てて活かさないとなりませんね。

研ぎ澄ます

JUGEMテーマ:日記・一般

久しぶりのブログアップとなりました。今年に入ってからほとんど休みらしい休みを取れず、お仕事をさせて頂いておりました。仕事だけではなく、プライベートでも気持ちの整理がつかぬ様々なことが頭の中を擡げています。決して、夫婦の危機とかではありません。その危機は結婚当初からずっと続いておりますから・・・(笑)

そんな冗談でも言っていないとやり切れぬことがあるのです。まさか、こんなに身近で・・・などと自分自身になると居ても立っても居られない程の精神状態になることを体感しています。だからといって、仕事をおろそかにすることは絶対に避けなければなりません。まあ、神のみぞ知ると表現しておくしかありません。

ところで、今年に入ってから、出張が多いこと多いこと。北見、札幌、遠軽、帯広、広島、栃木、東京・・・そして、来月以降も本州方面へ行かねばなりません。先日、栃木県までの出張は急な案件でしたから、自動車をフェリーで航送し、そこから走り出しました。東北道、北関東道、関越道、北陸道、秋田道を周り、函館に戻ってきました。

2月は5日間で、2300劼鯑仔發世韻覗行しました。今回は、大間で下り、青森から帰ってきたのですが、距離にして1500劼任靴拭お陰様で新車として購入してから2年6か月ですが、現在、72050劼鯀破しました。今回の長距離走は案外楽でした。何故なら、昨年8月の真夏日に軽貨物自動車で群馬から走行してきた経験からです。

あの時は、車が壊れるのではないかと常に不安な気持ちでしたが、今回は不安もなく、燃費も良く、運転も楽でした。私がの車はマツダのCX5です。今回の燃費は高速道を走りましたが、平均して18/ℓです。これだけ走れば文句なしです。燃料費も安いですし。来月以降の日は未定ですが、再び本州へ行くときは、はやぶさで行こうと思います。また、時間的余裕があれば山形県にも行って来ようと考えています。そうは言うものの、今の状況では時間的余裕がありませんからね。

そういえば、今朝、公証人役場へ行った帰り、知人とすれ違いました。太陽の眩しさからか手で顔を覆っていたため、顔を見ることはできませんでしたが、元気そうだったので良かったです。しばらくぶりといっても分かるものです。この頃は、冴えているせいか「頭の中で思い出した人」を二日か三日くらいで本当に遭遇することがあります。これは、冴えている証拠です。視野を拡げ、耳を大きく拡げ、とにかく情報を五感で収集する気概でいると、黙っていても、情報が入ってきます。理解しづらいかもしれませんね。でも、本当です。そこには、自分の邪念が入り込む余地はないのです。

さあ、明日も頑張りましょう。花見も出来ずですから、これから夜桜を見物してきます。独りで・・・

決算、結算

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函館山から当別方向
写真はこのブログを始めたころのものです。
 
ついに、今年も確定申告の時期がやってきました。実は、昨年のことを想い返せば、様々なことが起きた一年であり、正念場の一年であったと言い聞かせ、それこそ事務所の存亡をかけて臨んだ一年であったと心の中で決めていたのでした。

数字は心の現れと言いつつも、果たして、当事務所はどうなのか?数字の源はというと、どれだけのお客様と出会ったかの結果なのです。だからと言って、様々な異業種交流的な場に行くつもりは毛頭ありませんし、自ら、何かしらの集合体を構築すべく、大袈裟かもしれませんが、身も心もズタズタになりながらも何とか歯を食いしばり一年を過ごしてきました。

本気の本気で、事務所の存亡をかけた一年でありました。その間、事務所はもちろんのこと、お客様から受けた業務でも紆余曲折したことが実際にありました。心が弱っている時こそ頑健な心を持ち合わせないとならぬことを教わった気がします。今や、何かと「うつ」などと容易く病名がついてしまう時代ですが、果たして、どうなのでしょうと疑問に思うのは私だけでしょうか。

プライドが高く、自分が一番で、自分自身を俯瞰できず、誰かのせいにする・・・これこそが、謙虚さを失い、周囲から見放され、気づいたら「独りぼっち」という図式が成り立つものです。これまでに幾度となくこのブログに書き綴ってきましたが、私自身がこのような心の持ち合わせですから、それを脱するためにも、日々お客様と心を込めて本気で臨み、自分自身の状況を必ず俯瞰して一日を反省するということを毎日繰り返しています。

それでも、まだまだ人間として成り立っていませんから、やはり、メリハリをつけた生き方が大切であり、厳しく臨まなければなりません。死ぬまで勉強なのです。あるお客様から『「もう、これで良い」と言ったら先は無いよ』と言われたことを想い出しつつ、常に前を見据えて我を張るのではなく頑張るのです。

今年度の決算=成績表は子供にも負けないくらいに頑張ったといえます。前年度よりも減少していたのなら本気でやめようと思っていた事務所ですから、歓びもひとしおです。今年は、それ以上に反映させなければなりません。私が、思いのまま、思いどおりに行動することをしっかりと後押ししてくれた事務所の補助者、そのご家族には心から感謝しています。

また、事務所を継続できる状態になったことは、事務所を取り巻く多くのお客様の存在を語らぬわけにはゆきません。本当に応援して下さった多くのお客様には感謝という一語で済ますわけにはゆきません。今年は、確実に着実にかわら版持参でご挨拶に伺うようにします。

確定申告も終わりましたし、心新たに次のステップを具現化してゆく所存です。今日は、所得税も消費税も一括で納めてきました。確かに、納めた税金は多額でしたが、来年はさらなる飛躍を目指し日々精進してゆく所存です。

ところで、今年に入ってから市役所などのお役所にほぼ毎日出かけています。また、業務も順調に推移しております。今日も昨日は3件、今日も3件というように何かしらのお仕事を頂いております。現在、二人で業務を進めておりますが、まだまだ余力はあるはずです。心身ともに健康であることが大前提です。これから早めに上がり、健康増進のためお祝いをしてきます。

明日からも心新たに頑張ります!

お客様からの学び

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今日は朝から外勤続きでした。5、6件の完結書類をお客様にお届けするためです。明日も続きます。毎日、時間をどのように効率よく過ごすかが我が事務所の課題であり醍醐味であるのです。ここのところ、毎日のように新規業務を受託しており、今日も海外?と思われる方からの業務依頼でした。

さすがに月初の最初の月曜日ですから、役所も混雑していました。市役所は人間観察するには最適な場所でもあります。高齢とまでゆかぬ顔色が悪いお母さんと共に現役茶髪のお兄ちゃんが生活保護窓口であーでもないこーでもないと駄々をこねていたり、窓口で自分の要求通りにならないと怒鳴っている人物がいたり、本当に様々です。我々の仕事は明日にはどうなるか分からないという不安定さがあるのですが、それを楽しまないと嘘です。

さきほどの窓口でのお兄ちゃんに注視していると、権利主張ばかりが目立ちます。本人は働こうと思えば働けるような風貌と目の輝きです。今や、もらえるものはもらっておけ的な傾向が強くなっている気がしますが、そのお兄ちゃんの生い立ちについて勝手に想像していました。お母さんは、きっと一生懸命に手塩にかけてお兄ちゃんを育てたのでしょう。手塩のかけ方が果たして本来だったのでしょうか?今日の様が結果とすれば原因は容易に察することが出来るでしょう。

手塩とは、目の前に置かれたで、自ら味加減を手塩皿に盛られた塩で調製するために置かれた塩ということから、自ら直接面倒を見るという意味に繋がったようです。面倒の見過ぎ、手を掛け過ぎた結果、自ら発想せずに与えられたことだけをこなしてゆくような勘違いが起きたのかもしれません。しかし、誰とて自らの欲求など他人が押さえつけられない感情があるはずです。ところが、小さいころから押さえつけられながら育ち続けると、結果、窓口にいたような人物に至ってしまうのではないかと、自戒しながら考えていたのでした。

いつも、想うのはこの世に生を受けたのですから、そもそもの人間としての役割を自らの責任でもって果たしてゆくことが使命であるのではと思えてなりません。崖っぷちに立たされて、時には人に裏切られたとしても、自分に全く責任が無いのかと言えば、絶対にそんなことはありません。誰かのせいにすることや言い訳などは年を増すごとに聞きたくもありません。さらに、プライドが高ければ高いほど軌道修正はほぼ困難かもしれません。場面緘黙症という症状がありますが、これに似たような日常の場面で起きていることを垣間見たことがあります。

それは、事務所での仕事の時、私がいるのといないのとでは、態度が変わるというものです。これには、私は随分と頭を悩ましました。スタッフ間でもそのとおりです。いわゆる、いじめのような形態かもしれません。話は随分と逸れましたが、子供は親の鏡であるということをあるお客様から言われたことが今日の一番の印象です。それは、誰がと言うことではなく、私自身、子供を見た時に、親の私はどのように見られているのだろうかと赤面しながら考えていました。

子供は親の鏡・・・まさにそのとおりでしょう。だってね、子供は誰を見て育つかと言えば、親ですからね。頭ごなしに子供を押さえつけると将来子供は確実に爆発するでしょう。その時になってからでは遅いのです。随分以前に、ある会社社長が、50歳で自分に何かを気づき、軌道修正しようとしたら50年かかると言われたことがあります。これは、本当のことだなと実感したことがありました。その前に、親としての責任をしっかりと果たさなければ子供は道標どころか路頭に迷うこと必至です。

私も、毎日帰りの時間が遅く、子供との会話は一週間に何時間あるかと言えば、何時間と言えるような時間ではありません。しかし、毎朝の短い時間で子供の表情を見、声を聴き、食事の様子を伺いながら子供の心情を把握するようにしています。そして、時間があるときに一気に会話を進めるようにしています。子供に物を買ってあげることはほとんどありません。必要な学用品や書籍などは一緒に探しにゆくようにしています。子供自体、あれ欲しいこれ買ってという言葉を聞いたことがありません。

あるものを活用する、あるものを最後まで使う、貧乏性と言われればそれまでですが、便利品が台頭し、五感が狂い始めている昨今ですから、原点をしっかりと気づかせるようなきっかけをつくるようにしています。口でいうのは容易いですが、行動を通じて子供が感じ、考えるように仕向ける図式です。義務を履行せず権利主張を繰り広げている様を見聞きすることがありますが、はっきり言って関わりたくはありません。なんだか、支離滅裂な内容になってしまいましたが、今日のお客様からのお話や人間観察を通じ、気づき、考え、反省させられたのです。

明日もまた面白い一日になることは必至だと断言します。何故なら、自分の見方考え方ひとつでそうなるのですから。

根づくと地力

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ついに2月に入りました。今日は節分。帰宅すると「恵方巻き」が作られており、娘から今年の恵方は西南西との指導の下、恵方巻きを少しだけいただきました。
実は、先週末から体調を崩し、しばらく食欲が湧かずの毎日でした。ようやく今週に入り少しずつではありますが食べられるようになってきました。体は資本ですね。無理は禁物でしょう。インフルエンザでも風邪でもなかったので幸いでした。

ところで、すでに先々週になりますが、仕事のため関西方面と広島は尾道へ行ってきました。尾道へは半年ぶりくらいでしょうか。業務は早めに済ませ、少しでも滞在時間の合間を縫って、今後の業務のヒントがないかを探して歩きました。伊丹空港へ下りると函館と大差ない気温でした。バス移動で三宮へ向かい、そこから電車で移動。

街行く人の姿は、それこそ「闊歩」しており活気が漲っているような感じを受けました。しばらくぶりの神戸です。あの地震が発生してから20年となり、あれからずいぶんと街の姿が変わりました。あの震災の翌年から毎年神戸を訪れていたのですが、ここ3年位はブランクが空いてしまいました。年々パワーアップしている気がします。

業務を終え、淡路島まで小型船で渡り、戻りはバスで明石大橋を渡ってきました。淡路の船乗り場は昔と変わらずでした。神戸での活気と異なり静かな雰囲気でしたが、そこには昔からの「地力」が感じられました。滞在時間こそ数十分でしたが、淡路インターまでタクシー移動したときの運転手さんには短い時間にも関わらず色々と気遣っていただきました。どこかホッと心落ち着く瞬間でした。ゆったりとした時間の流れは、本当に心地よいものです。活気とゆったりのバランスを体感してきました。

翌日は新幹線で福山経由で新尾道まで向かい、そこからはレンタカーにて移動しました。天気は晴天かつ温暖な瀬戸内らしい気候でした。午前中の業務を終えて、夕方までの時間を有効活用し、しまなみ海道を走ってきました。そして、四国は今治市まで渡り、遅めの昼食を摂りました。四国ですからうどんで決まりです。創業100年の老舗うどん店へ行き、本場のうどんを堪能してきました。注文してから製麺してくれるのですが、実にコシがあって美味かったのです。つゆは関西以西の特徴である薄色のつゆですが、しっかりとダシが効いており後味も最高でした。

街中は人の姿は少なく感じたのですが、そのお店の店内に入ると地元客がびっしりと席を埋めていました。ここにも地力を感じたのです。うどんをいただきレジへ向かうと、さりげなく金属の四角い器があり、店主に聴くとおでんだというのです。その汁を見ると真っ黒い色をしており、塩辛そうに見えました。せかっくだから食べてみようと思い、厚揚げと牛筋を頂きました。

するとなんともいえない深みある旨みが舌の上でぽんと感じ取れました。聴けば、そのおでんの汁は40年間毎日継ぎ足してきたものだと言うのです。私なりの解釈は、毎日の積み重ねは角が取れて丸みが生まれ、紆余曲折があろうともとにかく積み重ねることが種蒔きとなり、地力を生み、根づいてゆく。そんなイメージを持ちました。もちろん、店主の笑顔は創業100年という奢りは微塵もありません。おでんの汁という家宝を大切にこれからも守るために今日も頑張っていらっしゃるのだろうと思います。

そんな貴重な体験をさせていただき、再び瀬戸内の島々を縫って尾道まで戻ってきました。瀬戸内の海や島々は夕陽に映え言葉で表現するのがもったいないくらいの美しさでした。夕方からは地元の仲間と情報交換に花を咲かせ、今後の業務の在り方や我々の対応等について話し合うことが出来ました。デジタル時代ではありますが、アナログという原点に回帰する必要性を実感し函館に戻ってきました。根づくと地力・・・今年のテーマですね。

私自身が時代錯誤なの・・・?

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今月もついに20日を迎えました。なんでこんなに速いのだろうと思うのは私だけでしょうか。そして、今のままでいいのだろうかと常に葛藤し続けています。やはり、自ら発想し、熟考し、行動する。それこそマニュアルなんてありゃしませんから。昨晩、仲間の女性との会話から「本来の◯◯を実践したいけれども、現実は程遠い」と言った内容のお話しを伺いました。

様々な制度や法律が出来上がったとしても、いわゆる完成形かというと、様々な弊害が生まれ、いわゆる格差をも助長している感は否めません。そもそもの人間社会とはなんだろう・・・なんだろ。いつものことながら、こうやってパソコンを打っている私自身をも否定しなければなりませんが、デジタル社会に至ったからこその弊害も方々で見受けられます。

いつの間にか、デジタルの仮想空間の中で、別な自分が創りだされというより、創りだし、その結果、そもそもの自分とは程遠い存在が独り歩きしているのは、もしかすると当たり前の状況に至ってしまったのかもしれません。そもそも、生存活動の中で、家族・友人知人・地域の人との、コミュニケーションを図る最大の手段として「会話」という行動があります。

ところが、その会話自体が面倒くさがられてしまい、結果、いつの間にか自分が孤立したと錯覚し、自分という存在を他人からどうしても認められたいという本能が別な手段によって光輝かせてしまうことが毎日のように事件として取り上げられているように思います。

その理由のひとつには、世の中が物で溢れ、便利すぎる時代であることの弊害です。また、今日もある仲間との会話から、「昔は、家庭で躾ることができないことを世の中が教え伝えてくれた気がしますね…」と言っていました。そのひとつの例として、以前は、自宅にお風呂が無かったというのが当たり前だったため、銭湯という公衆浴場へ小さなころから足を運び、そこから社会の常識を教えられたものです。

今も、公衆浴場はあるものの、私が幼少期に親や傍にいた大人から叱られたことが、今や非常識と化しているのだろうかとお風呂に入りながら葛藤して、スッキリさっぱりとはゆかぬことが多々あります。様々な公衆の場でいわゆる大人から教えを乞うたのですが、果たして今はというと悩ましい限りです。

どんな些細なことでも、会話を絶やさずに生活してゆきたいものです。また、相手を敬う気持ちは当たり前に持っていることが前提です。いくら、色々な資格を保有したとしても、資格だけが独り歩きしてはいけないことを今日も様々な場面から気づかされたのでした。やはり、感謝の念はどんな状況にあろうとも忘れてはならぬことです。さて、明日も朝からびっしりです。週末は遠く遠くへ飛んで行ってしまいますからね。頑張りましょう!

デブからの縁切り

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新年を迎え、あっという間に月も半ばを迎えようとしています。今年に入り、有り難いことに業務も立て込み、ほぼ毎日業務を受託している状況です。今日、あるお客様から「忙しいところにお仕事を頼むものですよ。」とポツンと言われました。決して、忙しいということではありませんが、とにかく時間が経つのが速すぎます。

今年は、行政書士として11年目に入る年です。まだまだ、出来ていないことが山積しており、プレッシャーがかかる毎日です。開業当初の方が気楽だったことを想い出しています。気持ちに、もう少し余裕が生まれたらと無い物ねだりをするわけですが、やはり、能力不足の結果であると冷静に受け止めています。そこには、プライドも何もありません。常に、自分を冷静に見ることが出来る姿勢づくりは不可欠なはずです。

ところで、私の目先での些細な目標を立てているのですが、笑うなかれ「痩せること」です。年齢も年齢となってきましたし、健康管理こそが資本であることを実感しているからです。最近、あるチビちゃんに「おじさんって、デブだぁ〜」と言われたことが悔しかったりもします。これまで、「デブ」などと言われなかった私ですが、やはり「デブ」という語句には抵抗があります。

事務所スタッフと競争です。などと言うと語弊がありますが、健康的に痩せてゆこうと決めています。だからと言って、食べたいものを食べないというわけではありません。食べるものをしっかりと食べて痩せるという方法によりまずは自分の標準体重まで戻すことにしています。デブなんて言われたくはありませんからね。目先の些細な目標を達成しながら死に向かってまっしぐらです。

こう考えると、やっておかなければならないことが本当に山ほどあるのです。その山ほどのあることから目を背けずに真正面から立ち向かってゆきたいものです。行政書士業務を通じ、どのような社会貢献が出来るのか、さらに新たな事業展開をどのように進めてゆくかも、事務所スタッフや我々を取り巻く多くの皆様の持ち味をフルに活かして形にしてゆこうと決めています。無を有にする。本当に大変なことですが、これをやり遂げられたら本望ですね。

・頼りたくても頼れない
・マニュアルがあれば見てみたい
・マニュアルなんてありゃしない。創り上げてゆくもの。
・誰かがやるからそれに相乗りしようなんてのはご法度
・言うが易し行うが難し
・自分の殻を破る
・目先、小手先に囚われない
・他人への批評評価はやめる・・・その前に自分はどうなのか
・情報錯綜の中、「真」は何かを見極められる目を磨く
・自分を信じること
・最後はひとり
・他人は他人
・好き嫌いで仕事をしない
・目配りを怠らない
・受け身ではなく能動的に
・笑顔と笑い声    ・・・etc

直後に命を落とすかもしれないわけで、いつその瞬間が訪れても揺るがない自分を創りあげてゆくことが肝要でしょう。まずは、デブと言われないよう心がけてゆきます。早く、函館から離陸しようかな・・・(笑)

新年あけましておめでとうございます

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皆様、新年あけましておめでとうございます。2015年がスタートしました。当事務所も今日から仕事初めです。例年とは異なり、年始早々、ご挨拶回りどころか業務に明け暮れておりました。今年もお客様から背中を押されつつ「仕事しなさい」と言われているような感覚です。既に、今年に入りすでに数件の案件を新規で受託しました。実は、すでに2日から業務は始まっていたのです。

我々の業務の宿命は休日あって休日なしといったところでしょうか。実際、我々の業務に限らず、市内の様々なお店、病院、介護事業所等々では、元旦に関係なくお仕事に汗を流していらっしゃる方々がたくさんおります。果たして、この状態が「正」なのか甚だ疑問になったりするのです。やらされ仕事ではなく、自分自ら進んでやる仕事であるのなら、それで良いのですが。

私も、行政書士事務所を開業し10度目のお正月を迎えました。今年のお正月は思い切り気分転換を図るべく、仕事のことは一切忘れることに専念していたのですが、やはり忘れることなど到底できませんでした。これで良しなのです。それが、当事務所の流れですから。とは言っても、スタッフにはしっかりと休んで欲しかったのですが、スタッフも頑張ってくれました。感謝です。

今年の抱負をひと言で語ると、「今まで以上に本気になること・・・今までは本当の意味での本気にはなっていなかったので・・・」と、ひと言ではありませんが、これが今年の抱負です。その根底には、原点に立ち返り、お客様に為すべきことは何かをしっかりと耳を拡げ、傾け、自分のものにするということなのです。受け身仕事であるのならやめた方が良いでしょう。誰かに頼るのならやめた方が良いでしょう。今年は、それくらいの意気込みで頑張らせていただきます。

見栄を張らず、自分自身のウィークポイントから目を背けず、日々、精神鍛練と能力担保を図ってゆきたいと誓っています。今年は、ある意味賭けの一年でもありますから、目先に捉われずにしっかりと前を見据えて邁進してゆきます。今日も、遠くからのお客様と限られた時間の中、打合せを行ってきました。これから将来に向けての新たな関係が構築できそうです。そのためにも、しっかりと能力担保を備えておかなければなりません。

今年の仕事初めの今日は、新年を迎えたという気分ではなく、自分との闘いが始まった一日と捉えていますから、笑顔なんてありません。スタッフも私以上に強面の表情で臨んでいます。何ごともスタートダッシュが肝心です。今月も予定が次々と埋まってきておりますが、その合間を縫ってさらなる飛躍を目指し様々なチャレンジを図ってゆきます。

皆様、今年もどうぞ行政書士松田聡事務所をよろしくお願い申し上げます。皆様におかれましては、本年も素晴らしい一年となるよう心からお祈り申し上げます。感謝

事務所にて

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今年もあと少しです。今日もいつもどおり朝から事務所に出て内業を進めておりました。なかなか思い通りに作業は進みません。また、今日もお仕事のご依頼がありました。先日の青いぽすとをご覧いただいた方々からのご依頼です。正直、疲れた体に鞭を打っている最近ですが、お客様からの励ましのお言葉を頂戴すると、途端に元気になってしまうものです。

事務所は、明年1月5日からの開始となりますが、早速、いくつかの手続きを同時並行で進めつつ、新規業務についても取り掛からなければなりません。お客様からの励ましに対し、しっかりとしたお仕事をさせて頂かなければと言い聞かせています。さて、今年一年を改めて振り返りますと、様々な方々にお会いできた一年でした。

事務所においても、新会社においても紆余曲折?する場面が幾度となくありました。一時は人間不信に陥りそうな出来事もありました。また、自分がこれまで生きてきた中で、出会ったことがないような貴重な方とも出会うことが出来、色々と学ばせていただきました。常識を覆す?ような生涯出会うことがない貴重な体験でした。

私自身、公務員生活が長かったものですから、一般民間企業のノウハウは全くと言って良いほどわかってはいません。民間企業が正なのか、公務員が正なのか、正否はつかないと考えるところですが、いずれにせよ、「人」が確実に存在しており、その中で経済活動もなにもかも進んでいることには違いありません。

どんなに御託を並べても、どんなに批評しようとも、やはり行動が伴わなければ結果は生まれて来やしません。例えば、私もいくつかの資格を保有しておりますが、資格を保有しただけでは、仕事にはなりません。その資格が持つ意味を吟味し、加えて、その資格がどのように発展してゆけるのかを想像し創造してゆかなければ宝の持ち腐れになってしまうこと必至でしょう。

これから、ある資格について登録手続きを進めてゆきますが、敢えてその具体的内容は公言しないでおこうと決めています。ある業務を受託した時に初めてご依頼者にお披露目しようと思っています。何故なら、広告等を用いてお知らせしたところで、こちら側の考え方の押し付けになりかねないからです。私のホームページをご覧いただいても、考え方の押し付けはいっさいしていないはずです。

そこには、ご依頼者がおり、様々な手続きの中で、業務を当方側のやり方に当てはめてしまうことは、我々の傲慢ではないかと考えてしまいます。当然、法律がありそれを根拠とした手続等を進めてゆくわけですが、こちら側の一方的な押し付けではお客様にとって迷惑極まりない気がしてなりません。

私は、行政書士というお仕事に対してのプライドと誇りをもって日々お仕事に向かっておりますが、別なプライドは一切無用です。傲慢さや奢りに似たようなプライドは一切要らないのです。このプライドは時には妄想に陥り、また別な時には自分しか見えていない状態となり、周囲の状況把握は一切できないようなことになってしまいます。

こんなことを何故言えるのか?私の若い頃がそうだったので分かるのです。自暴自棄に陥り、毎日、葛藤し、自分を責め続け、しまいには、誰かのせいにしなければやっていられないような感覚になってしまうのです。こんな書き方をすると、皆さん、「松田は大丈夫なのか?」と思われてしまいそうですが、全く大丈夫ですのでご心配なく。

当時は、職場のこともプライベートなこともいろいろなことが錯綜して、いわゆる混乱型に陥ったような気がしています。自分をよく見せよう。自分をよっこして誰かの批評や批判をする。そんな自分が嫌で嫌でたまりませんでした。自律神経失調症?的な体調変化もありました。病院へ行きましたが、当時のお医者さんは、薬を飲めば一時は楽になるけれど、出来れば飲ませたくはないなと言われ、薬には一切頼らずにこれまで生きてこれました。お医者さんには心から感謝しています。

そんな状況をどう乗り越えられたかと言えば、親からの叱責や励ましがあった故の結果だと思っています。恰好をつけるわけではありませんが、「愛」こそが人間にとって不可欠であると信じて止みません。昨日もある若者と恋愛について話す機会に恵まれました。恋愛は駆け引きではなく、本人の本性からあふれ出る相手に対する感情からの行動につきるような気がします。

誰かの手助けで恋愛をしようと思っても成就するはずなどありません。そんなことを聴いた記憶が蘇りましたね。そういえば…(笑) 自分自身が行動しなければ誰がするのだろうか。仮に、手助けされて成就したとしても長続きはしないでしょう。やはり、小さい頃の親からの愛情の受け方が大きく左右するかもしれません。この愛情とは決して過保護的意味合いではありません。

今年は、小さな子供達が親からの虐待を受けて、いくつもの尊い命が絶たれた稀な一年だったのではないでしょうか。子供が子供を育てているのかとどなたかが話していましたが、私も同感しつつも自戒して伺っていました。最近、気になることは少子化に加えて、誕生してくる子供達の男女比率が変化していることです。その原因のひとつとして食生活の変化もあるのではないでしょうか。

手作りの料理が薄れつつあり、出来合いの食材ばかりが食卓に上っていることは危険を感じてしまいます。どんな商品でもコストを下げ利益をいかに大きく上げてゆくのかが優先されており、そこには健康という言葉は微塵もないのではと思えてしまいます。私も、二人の孫がいて、彼らが成人を迎える頃を想像すると不安や危険という言葉しか湧いてきません。

今日は、仕事をしつつも一年を振り返り、そして来たる2015年以降を想像していました。様々な想いが頭の中を過ぎりました。少子と呼ばれる子供達が安心して生活できる環境づくりを、小さな小さな事務所内の脳タリン松田が模索していました。このままじゃヤバすぎます。本当にです。だから、来年もゴーイングマイウェイの姿勢を貫きたいと心に決めた所でした。誰がなんと言おうとも・・・

クリスマスプレゼント

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今年もついにクリスマスがやってきました。クリスマスと聞いて想い出すことは幼少期に両親というサンタさんから「ダイヤブロック」を買ってもらったことが一番に想い出されます。あのブロックはずっと家にあり、その後、色々な事情によりブロックともお別れしたのですが、小さい頃の記憶は鮮明に残っています。

先日、遠方の友人と電話にて色々と情報交換をした中で、やはり幼少期の親からの愛情の注がれ方次第で子供の成育が大きく変わるかもしれないことを話していました。確かに、自分自身を振りかえるとそのとおりだと実感しています。親が自由人だったためなのか、私も自由気ままに生きてゆきたいというのが信条です。もちろん、その前提となる目標は確実に存在していますけれど。

目標無い中で生きてゆくこと自体、面白味もありませんし、また、誰かの力を借りて生きてゆくことも面白くはありません。最後は、自分という孤立した存在ですから。なんだかんだ言っても独りなのです。どんなに情けを注がれようと意識を傾けたとしても本当の情けをかけてもらうことはありません。

それよりも、自らが「責任者」となって前に突き進むことです。誰からどんなことを言われようとも自分が信じた道を突き進むことが生きているという実感を抱けるような気がします。批評や評論は要りません。しかし、その中で、自分にとって不足だと感じたら潔くそれを認めて自分の糧にすればよいのです。

行動してみて気づくことが山ほどあります。その行動の中でつまづくこともあるでしょう。つまづき気づき、そして次のステップに繋げてゆけばよいのではないでしょうか。今、ある若者が自分の病の後遺症を克服するために本気で自分と向き合い頑張っています。私の娘位の年齢でしょうか。彼には、別な意味で病気に負けないで自分に打ち勝ってほしいと心から祈っていました。

どんな逆境に遭おうとも、どんな苦痛があろうとも、きっと、彼はそれを乗り越えてくれるに違いありません。行政からの支援も途絶えたとのことでしたが、それをバネに頑張ると信じています。素直な素直な人間ですから、多少なりとも時間を要したとしても乗り越えられると信じています。何故なら、ご両親が素晴らしい。さらにご祖母様が素晴らしい。ご祖父様はすでに他界されたとのことでした。ご祖母様の一言一句が私を本気で奮い立たせてくれました。

今年の最高のクリスマスプレゼントです。プレゼントは物ばかりではないことを気づかされた50歳でした。人と人との繋がり、ご縁には心から感謝しています。私は、人脈という言葉は好みません。しかし、気づけば「人脈」が出来ていたような気がしています。これも全て周囲も皆様とのご縁の賜物と感謝しています。

出生してからすぐに家族、親族という血脈という存在があり、年を追うごとに学校という社会、職場という社会、地域という社会の中で自分という小さな小さな存在から、いかに社会に貢献できるのかを模索して行くにつれ、人と人との繋がりが産まれてゆくのではないでしょうか。

全てのことに感謝という語句だけで言い切れぬほどの感謝なのです。どんな逆境にぶつかろうとも頑張ってゆけるという気概をもち日々過ごしてゆきたいと感じています。その若者のご祖母様との出会いで心新たに頑張ることができそうです。素晴らしい、人との出会いというクリスマスプレゼントに感謝です。


 

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profilephoto 書いた記事数:2781 最後に更新した日:2016/08/16

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