〜行政書士松田聡事務所からのお知らせ〜

★青いぽすと「松田聡の本気(マジ)談」毎月掲載!


★“心の代書屋”かわら版のご登録はホームページから!解除も可能ですのでお気軽にご登録下さい。


★フェイスブックもやっています。


★ツイッターもやっています。

事務所広告です。

当事務所の広告です。函館市役所本庁舎1階、湯川支所ロビー内で放映されています。
よろしければご覧ください。
https://youtu.be/euCESW_iz7I

 

生前整理、終活・・・???

JUGEMテーマ:日記・一般

しばらくぶりのブログアップです。ここのところフェイスブックにて近況を軽く軽く載せており、ブログを疎かにしていたことに反省です。さて、当事務所もなんと10周年を迎えることが出来ました。あっという間でした。多くの皆様に支えられ助けられここまでやってこれました。あらためて感謝申し上げます。

今年に入ってからというもの、休日らしい休日はなく、来月のお盆時期も休む予定はありません。この期間こそ、受託業務を一気に進めるチャンスだからです。当事務所の特徴なのか、業務には必ずといってよいほど、紆余曲折してきた案件が持ち込まれています。だからこそ醍醐味があり、完結後のお客様と共に心から喜びあえるのですからやめられません。

また、公的な意味合い深いお仕事も舞い込み新聞紙上に掲載されるなどテンションが一気に盛り上がります。最近では、生前整理や遺産整理に関わる業務が非常に多く、そのためか地方への出張機会が増えていることも実際です。昨日も、日曜日から帯広、北見方面へ出張し、現地で新たな業務を受託してきました。しばらくは、何度か往復することになるでしょう。

また、本州方面からの生前整理のご依頼もあります。生前整理に、行政書士がどのように関係するのかと疑問を持たれる方も多いと思いますが、実は、いくらでもあるのです。私の得意分野の一つとして、不動産に関することがあります。それも原野商法絡みの調査案件です。昨年も本州や四国から調査依頼があり、一喜一憂する場面に出くわしました。

後世に承継すると一言でいいますが、それはそれは幅が広く、土地の沿革を掴み、さらにその当時の時代背景を鑑み、何故、そのような土地を購入することになったのかまで推測し、お客様に報告することになります。それが、案外見落とされているケースが往々にしてあるのです。原野商法に関わらず、案外、不動産(土地)を保有している方々にも何らかの支障があるかもしれません。

土地を購入するときの心理はどうでしょう?家を建てるときの心理はどうだったでしょう。土地について自ら様々な資料を収集して調査をしたでしょうか?誰か任せにしていませんでしたか?登記しているから大丈夫などと思っているわけではないでしょうね?こんなことを相談者に投げかけています。時すでに遅しなんてこともあり得ます。私の立場として直接的に解決を図ることはほとんど難しいでしょうが、何かしらの方法についてお伝えすることが出来る可能性があります。

財産を保有した責任として、後世に承継するのであれば、元気なうちに内在している問題点をあからさまにしておくことで、将来、相続が開始されたときにスムーズにことが運ぶことでしょう。先週、土曜日には午前はある小学校の社会学級にて、また、午後は福祉関係のボランティアグループにて、生前整理と終活をテーマとして講演してきました。午前午後で総勢70名近くの方々に聴いていただくことができました。そこで、出た共通する心配ごとが浮き彫りにされたのです。

その浮き彫りになったことを基に、お取引先の社長との会話の中で、法人化しようかという新たな話題も出てきました。その根底にある大きな目的や命題はただひとつ・・・「安心」というキーワードです。法人の話しは夢物語としても、何らかの形にして「安心」を掴んでもらおうと考えています。その前提で、来月中にある小さなイベントを開催します。生前整理、終活は決して他人事ではありません。財産の大小でもありません。生きているからこそ避けられないこと。それは十人十色なのですが、生きているという共通項がある以上避けられません。

また、生前整理や終活についてブログにてお知らせします。

そういえば、函館市役所本庁舎と湯川支所の戸籍関係の窓口付近のモニターに昨日から不思議な内容のものが映し出されています。もし、興味があれば行ってみてください。

きづこうよ

JUGEMテーマ:日記・一般

今年も6月に入りました。つい先ほど帰宅したのですが、遅い時間にも関わらずお客様が快くお待ちくださっていることには本当に感謝しているのです。今日は午後1時過ぎから外勤に出たきり、事務所に戻ったのは午後10時頃、それまでの間はお客様を5件ほど訪問し、新規で数件のお仕事を受託し、また、ようやく完結を迎えることになった業務もありました。

また、今週末は千葉県は蘇我、東京は八王子と霞が関、横浜は磯子へ出張してきます。それに並行して時間があれば、新たな事業を模索すべく、ある事業所等を訪問してくる予定です。私の事務所も今年で10周年を迎えますが、いつも心に決めていることは、誰かに依存した仕事の仕方ではなく、自ら発想した仕事を構築してゆくことです。待ちは待ちで終わり、それ以上、進化はありません。

自らの発想こそが仕事を育んでゆくのでしょうが、旧態依然の変化もない仕事は、結局のところ目先のお金さえ手にすればそれで良しなのでしょう。そこには、成長もありませんし、面白味がないような気がします。そうです。今日あるお客様を訪問した際、「先生は仕事をする体型ですね。」と言われました。仕事をする体型?一体、どんな意味だろう。でも、自分の体形を自ら解析するに「いわゆるデブ」なのです。自分の標準体重よりも5キロも多いわけで、これで仕事をする体型と呼べるのかと自問自答していました。

自分の弱さが、食欲や嗜好に現れ、その結果が今の私なのでしょう。もっと、精神力を強め、誰が何と言おうと自分のコアは曲がることなく死ぬまで突き通すくらいの本気さが備わらなければと言い聞かせています。目の前で飛び降り自殺の一部始終を目撃した私ですが、そこから自分の人生観が変わり、いつ死ぬかもしれない生物がもつ運命を自覚させられ現在に至っています。

つい先日、娘の一人が入院し手術を受け、摘出されたものが悪さをするかどうかの瀬戸際に立たされました。しかし、それも娘の運命なわけで、親の私は神のみぞ知るの心境でした。その結果がどうであったとしても、その結果を真摯に受け留め、あとは娘の精神力に任せるよりなかったのです。冷たい親だと思われるでしょうが、親子であっても、一人はひとりですから、痛みを知ることが出来なければ、代わりに手術を受けることも出来ず、結局は娘自身のことを周囲から見守ることしか出来ません。

いくら医師に駆け寄ったとしても、どうなるわけではありません。今や、子供が職場に親が送っていくということを耳にします。その職場の方々は言葉には出さないものの冷ややかな目で見ているそうです。当然でしょう。そういう親に限って、社会人である子供がするべきことを親が代わってするような場面が必ず出てきます。たとえば、就職したばかりの時は職場という世界に馴染むまで時間を要するのですが、学生時代の延長と勘違いして「行きたくない」「面白くない」といった理由から職場を簡単に休むなど、そんな時に親が職場にお休みの連絡をするようなことが往々にして起きているようです。

私が就職したときは、送ってもらうなんてとんでもないことで、たとえ風邪を引いたとしても親が職場に電話をするなんて社会人としてはあり得ないことでした。それが、今の時代は変化しているのですね。仕事をするとはいったいどういうことなのか?それ自体を親が理解できていないのかもしれません。私も、経験があるのは、本来本人が書くべき文章を親が代わって書き上げてきたというものです。一瞬にして見破られるのを分かっちゃいないのか唖然としたものです。本当に子供が可哀そうです。そのことを親は全く分かっていないのですね。

これから先、どんな時代になるのでしょう。私自身も、自分を俯瞰して常に自問しながら反省すべきは反省し、果敢に進むべきことは進めてゆきます。さて、明日は8時にお客様を訪問し、その後、お取引先や同業の方が次々に来訪されます。午後は、調査と申請準備ですね。農地、風俗、建設も待っています。

 

俯瞰する

JUGEMテーマ:日記・一般

今月も終盤を迎えようとしています。今月も色々なことがありました。それは、今も変わらずです。行政書士となりあと少しで10周年となるのですが、ふと、自分を俯瞰したとき、これで良かったのか?自分の言動はどうなのか?人の話しをしっかりと傾聴できていただろうか?これまでの仕事の仕方はどうだったのだろうか?などなど、反省しなければならぬことが山ほどあることを気づかされています。

お客様とお逢いすると、そこから様々なことを学ばされます。人のお話を傾聴するとは、実は、自分の感情はそこに存在してはならぬことを学んできました。人のことを判断するとは、実際のところ、100年も早いわけで、判断基準はあくまでも自分を基準とした物差しでしかないのです。私自身の仕事の仕方は、どうしても突っ込んでしまう傾向にあるのですが、それをいまさら変えるつもりはありません。何故なら、突っ込まないと中身が見えてこないからです。

きっと、自分も、誰かに話しを聴いて欲しいときは、突っ込んで欲しいという願望があるからでしょう。しかし、話せない現実もあります。話すけれども、本心を明かせないでいるのが本当でしょう。それを出してしまえば、きっと、人のお話を聴けなくなるからかもしれません。自分が若い頃に、相談を受ける役目として毎日のように様々な相談を受けていたのですが、受ける私が未熟であるために、自分の中で葛藤し悩み、終いには体に変調をきたしたこともあります。

私自身、人のお話を聴くとは、話しを聴きながら、聴いている自分を自ら俯瞰しながら聴くという姿勢を当たり前にしてゆかなければならないと、常に自分に言い聞かせながら相談を受けています。特に、私は、自分の価値観でお話しするとなると、ある意味無責任極まりないことになってしまう恐ろしさがあるからです。自分の感情は「無」に、自分の価値観は「無」にしていなければ、相談者の本質に迫れないはずです。

聖徳太子ではありませんが、たくさんの人が発した言葉を漏らさずに理解して、それらに対し、的確に答えたという伝説?がありますが、それは記憶力が良いのか、あるいは、本気で傾聴していたからなのかは分かりませんが、いずれにせよ、真剣に集中してお話を聴いていたからこそ、聞き分けることができたのでしょう。

視野も同じ気がします。様々な視覚情報を多く収集できれば、事故に遭うこともへるはずです。どんな些細なことでも見逃さない姿勢は磨き続けたいものです。どうしても、物事が円滑に進めば進むほど、謙虚さは失われ、奢りや傲慢さが知らず知らず現れてくる可能性があります。私も、今年が最後になるかもしれないと常々言い聞かせ、いつどうなっても良いように、それが普段の状態にまで気持ちを引き上げてゆければという願望があります。

常に俯瞰し、心で傾聴し、素早く見極めること。そのためにも、普段からどんなことでも構わないので、些細な変化にも気づけるような態勢が必要な気がしています。退化しつつある五感を今こそ際立てて活かさないとなりませんね。

研ぎ澄ます

JUGEMテーマ:日記・一般

久しぶりのブログアップとなりました。今年に入ってからほとんど休みらしい休みを取れず、お仕事をさせて頂いておりました。仕事だけではなく、プライベートでも気持ちの整理がつかぬ様々なことが頭の中を擡げています。決して、夫婦の危機とかではありません。その危機は結婚当初からずっと続いておりますから・・・(笑)

そんな冗談でも言っていないとやり切れぬことがあるのです。まさか、こんなに身近で・・・などと自分自身になると居ても立っても居られない程の精神状態になることを体感しています。だからといって、仕事をおろそかにすることは絶対に避けなければなりません。まあ、神のみぞ知ると表現しておくしかありません。

ところで、今年に入ってから、出張が多いこと多いこと。北見、札幌、遠軽、帯広、広島、栃木、東京・・・そして、来月以降も本州方面へ行かねばなりません。先日、栃木県までの出張は急な案件でしたから、自動車をフェリーで航送し、そこから走り出しました。東北道、北関東道、関越道、北陸道、秋田道を周り、函館に戻ってきました。

2月は5日間で、2300劼鯑仔發世韻覗行しました。今回は、大間で下り、青森から帰ってきたのですが、距離にして1500劼任靴拭お陰様で新車として購入してから2年6か月ですが、現在、72050劼鯀破しました。今回の長距離走は案外楽でした。何故なら、昨年8月の真夏日に軽貨物自動車で群馬から走行してきた経験からです。

あの時は、車が壊れるのではないかと常に不安な気持ちでしたが、今回は不安もなく、燃費も良く、運転も楽でした。私がの車はマツダのCX5です。今回の燃費は高速道を走りましたが、平均して18/ℓです。これだけ走れば文句なしです。燃料費も安いですし。来月以降の日は未定ですが、再び本州へ行くときは、はやぶさで行こうと思います。また、時間的余裕があれば山形県にも行って来ようと考えています。そうは言うものの、今の状況では時間的余裕がありませんからね。

そういえば、今朝、公証人役場へ行った帰り、知人とすれ違いました。太陽の眩しさからか手で顔を覆っていたため、顔を見ることはできませんでしたが、元気そうだったので良かったです。しばらくぶりといっても分かるものです。この頃は、冴えているせいか「頭の中で思い出した人」を二日か三日くらいで本当に遭遇することがあります。これは、冴えている証拠です。視野を拡げ、耳を大きく拡げ、とにかく情報を五感で収集する気概でいると、黙っていても、情報が入ってきます。理解しづらいかもしれませんね。でも、本当です。そこには、自分の邪念が入り込む余地はないのです。

さあ、明日も頑張りましょう。花見も出来ずですから、これから夜桜を見物してきます。独りで・・・

決算、結算

JUGEMテーマ:日記・一般

函館山から当別方向
写真はこのブログを始めたころのものです。
 
ついに、今年も確定申告の時期がやってきました。実は、昨年のことを想い返せば、様々なことが起きた一年であり、正念場の一年であったと言い聞かせ、それこそ事務所の存亡をかけて臨んだ一年であったと心の中で決めていたのでした。

数字は心の現れと言いつつも、果たして、当事務所はどうなのか?数字の源はというと、どれだけのお客様と出会ったかの結果なのです。だからと言って、様々な異業種交流的な場に行くつもりは毛頭ありませんし、自ら、何かしらの集合体を構築すべく、大袈裟かもしれませんが、身も心もズタズタになりながらも何とか歯を食いしばり一年を過ごしてきました。

本気の本気で、事務所の存亡をかけた一年でありました。その間、事務所はもちろんのこと、お客様から受けた業務でも紆余曲折したことが実際にありました。心が弱っている時こそ頑健な心を持ち合わせないとならぬことを教わった気がします。今や、何かと「うつ」などと容易く病名がついてしまう時代ですが、果たして、どうなのでしょうと疑問に思うのは私だけでしょうか。

プライドが高く、自分が一番で、自分自身を俯瞰できず、誰かのせいにする・・・これこそが、謙虚さを失い、周囲から見放され、気づいたら「独りぼっち」という図式が成り立つものです。これまでに幾度となくこのブログに書き綴ってきましたが、私自身がこのような心の持ち合わせですから、それを脱するためにも、日々お客様と心を込めて本気で臨み、自分自身の状況を必ず俯瞰して一日を反省するということを毎日繰り返しています。

それでも、まだまだ人間として成り立っていませんから、やはり、メリハリをつけた生き方が大切であり、厳しく臨まなければなりません。死ぬまで勉強なのです。あるお客様から『「もう、これで良い」と言ったら先は無いよ』と言われたことを想い出しつつ、常に前を見据えて我を張るのではなく頑張るのです。

今年度の決算=成績表は子供にも負けないくらいに頑張ったといえます。前年度よりも減少していたのなら本気でやめようと思っていた事務所ですから、歓びもひとしおです。今年は、それ以上に反映させなければなりません。私が、思いのまま、思いどおりに行動することをしっかりと後押ししてくれた事務所の補助者、そのご家族には心から感謝しています。

また、事務所を継続できる状態になったことは、事務所を取り巻く多くのお客様の存在を語らぬわけにはゆきません。本当に応援して下さった多くのお客様には感謝という一語で済ますわけにはゆきません。今年は、確実に着実にかわら版持参でご挨拶に伺うようにします。

確定申告も終わりましたし、心新たに次のステップを具現化してゆく所存です。今日は、所得税も消費税も一括で納めてきました。確かに、納めた税金は多額でしたが、来年はさらなる飛躍を目指し日々精進してゆく所存です。

ところで、今年に入ってから市役所などのお役所にほぼ毎日出かけています。また、業務も順調に推移しております。今日も昨日は3件、今日も3件というように何かしらのお仕事を頂いております。現在、二人で業務を進めておりますが、まだまだ余力はあるはずです。心身ともに健康であることが大前提です。これから早めに上がり、健康増進のためお祝いをしてきます。

明日からも心新たに頑張ります!

お客様からの学び

JUGEMテーマ:日記・一般

今日は朝から外勤続きでした。5、6件の完結書類をお客様にお届けするためです。明日も続きます。毎日、時間をどのように効率よく過ごすかが我が事務所の課題であり醍醐味であるのです。ここのところ、毎日のように新規業務を受託しており、今日も海外?と思われる方からの業務依頼でした。

さすがに月初の最初の月曜日ですから、役所も混雑していました。市役所は人間観察するには最適な場所でもあります。高齢とまでゆかぬ顔色が悪いお母さんと共に現役茶髪のお兄ちゃんが生活保護窓口であーでもないこーでもないと駄々をこねていたり、窓口で自分の要求通りにならないと怒鳴っている人物がいたり、本当に様々です。我々の仕事は明日にはどうなるか分からないという不安定さがあるのですが、それを楽しまないと嘘です。

さきほどの窓口でのお兄ちゃんに注視していると、権利主張ばかりが目立ちます。本人は働こうと思えば働けるような風貌と目の輝きです。今や、もらえるものはもらっておけ的な傾向が強くなっている気がしますが、そのお兄ちゃんの生い立ちについて勝手に想像していました。お母さんは、きっと一生懸命に手塩にかけてお兄ちゃんを育てたのでしょう。手塩のかけ方が果たして本来だったのでしょうか?今日の様が結果とすれば原因は容易に察することが出来るでしょう。

手塩とは、目の前に置かれたで、自ら味加減を手塩皿に盛られた塩で調製するために置かれた塩ということから、自ら直接面倒を見るという意味に繋がったようです。面倒の見過ぎ、手を掛け過ぎた結果、自ら発想せずに与えられたことだけをこなしてゆくような勘違いが起きたのかもしれません。しかし、誰とて自らの欲求など他人が押さえつけられない感情があるはずです。ところが、小さいころから押さえつけられながら育ち続けると、結果、窓口にいたような人物に至ってしまうのではないかと、自戒しながら考えていたのでした。

いつも、想うのはこの世に生を受けたのですから、そもそもの人間としての役割を自らの責任でもって果たしてゆくことが使命であるのではと思えてなりません。崖っぷちに立たされて、時には人に裏切られたとしても、自分に全く責任が無いのかと言えば、絶対にそんなことはありません。誰かのせいにすることや言い訳などは年を増すごとに聞きたくもありません。さらに、プライドが高ければ高いほど軌道修正はほぼ困難かもしれません。場面緘黙症という症状がありますが、これに似たような日常の場面で起きていることを垣間見たことがあります。

それは、事務所での仕事の時、私がいるのといないのとでは、態度が変わるというものです。これには、私は随分と頭を悩ましました。スタッフ間でもそのとおりです。いわゆる、いじめのような形態かもしれません。話は随分と逸れましたが、子供は親の鏡であるということをあるお客様から言われたことが今日の一番の印象です。それは、誰がと言うことではなく、私自身、子供を見た時に、親の私はどのように見られているのだろうかと赤面しながら考えていました。

子供は親の鏡・・・まさにそのとおりでしょう。だってね、子供は誰を見て育つかと言えば、親ですからね。頭ごなしに子供を押さえつけると将来子供は確実に爆発するでしょう。その時になってからでは遅いのです。随分以前に、ある会社社長が、50歳で自分に何かを気づき、軌道修正しようとしたら50年かかると言われたことがあります。これは、本当のことだなと実感したことがありました。その前に、親としての責任をしっかりと果たさなければ子供は道標どころか路頭に迷うこと必至です。

私も、毎日帰りの時間が遅く、子供との会話は一週間に何時間あるかと言えば、何時間と言えるような時間ではありません。しかし、毎朝の短い時間で子供の表情を見、声を聴き、食事の様子を伺いながら子供の心情を把握するようにしています。そして、時間があるときに一気に会話を進めるようにしています。子供に物を買ってあげることはほとんどありません。必要な学用品や書籍などは一緒に探しにゆくようにしています。子供自体、あれ欲しいこれ買ってという言葉を聞いたことがありません。

あるものを活用する、あるものを最後まで使う、貧乏性と言われればそれまでですが、便利品が台頭し、五感が狂い始めている昨今ですから、原点をしっかりと気づかせるようなきっかけをつくるようにしています。口でいうのは容易いですが、行動を通じて子供が感じ、考えるように仕向ける図式です。義務を履行せず権利主張を繰り広げている様を見聞きすることがありますが、はっきり言って関わりたくはありません。なんだか、支離滅裂な内容になってしまいましたが、今日のお客様からのお話や人間観察を通じ、気づき、考え、反省させられたのです。

明日もまた面白い一日になることは必至だと断言します。何故なら、自分の見方考え方ひとつでそうなるのですから。

根づくと地力

JUGEMテーマ:日記・一般



ついに2月に入りました。今日は節分。帰宅すると「恵方巻き」が作られており、娘から今年の恵方は西南西との指導の下、恵方巻きを少しだけいただきました。
実は、先週末から体調を崩し、しばらく食欲が湧かずの毎日でした。ようやく今週に入り少しずつではありますが食べられるようになってきました。体は資本ですね。無理は禁物でしょう。インフルエンザでも風邪でもなかったので幸いでした。

ところで、すでに先々週になりますが、仕事のため関西方面と広島は尾道へ行ってきました。尾道へは半年ぶりくらいでしょうか。業務は早めに済ませ、少しでも滞在時間の合間を縫って、今後の業務のヒントがないかを探して歩きました。伊丹空港へ下りると函館と大差ない気温でした。バス移動で三宮へ向かい、そこから電車で移動。

街行く人の姿は、それこそ「闊歩」しており活気が漲っているような感じを受けました。しばらくぶりの神戸です。あの地震が発生してから20年となり、あれからずいぶんと街の姿が変わりました。あの震災の翌年から毎年神戸を訪れていたのですが、ここ3年位はブランクが空いてしまいました。年々パワーアップしている気がします。

業務を終え、淡路島まで小型船で渡り、戻りはバスで明石大橋を渡ってきました。淡路の船乗り場は昔と変わらずでした。神戸での活気と異なり静かな雰囲気でしたが、そこには昔からの「地力」が感じられました。滞在時間こそ数十分でしたが、淡路インターまでタクシー移動したときの運転手さんには短い時間にも関わらず色々と気遣っていただきました。どこかホッと心落ち着く瞬間でした。ゆったりとした時間の流れは、本当に心地よいものです。活気とゆったりのバランスを体感してきました。

翌日は新幹線で福山経由で新尾道まで向かい、そこからはレンタカーにて移動しました。天気は晴天かつ温暖な瀬戸内らしい気候でした。午前中の業務を終えて、夕方までの時間を有効活用し、しまなみ海道を走ってきました。そして、四国は今治市まで渡り、遅めの昼食を摂りました。四国ですからうどんで決まりです。創業100年の老舗うどん店へ行き、本場のうどんを堪能してきました。注文してから製麺してくれるのですが、実にコシがあって美味かったのです。つゆは関西以西の特徴である薄色のつゆですが、しっかりとダシが効いており後味も最高でした。

街中は人の姿は少なく感じたのですが、そのお店の店内に入ると地元客がびっしりと席を埋めていました。ここにも地力を感じたのです。うどんをいただきレジへ向かうと、さりげなく金属の四角い器があり、店主に聴くとおでんだというのです。その汁を見ると真っ黒い色をしており、塩辛そうに見えました。せかっくだから食べてみようと思い、厚揚げと牛筋を頂きました。

するとなんともいえない深みある旨みが舌の上でぽんと感じ取れました。聴けば、そのおでんの汁は40年間毎日継ぎ足してきたものだと言うのです。私なりの解釈は、毎日の積み重ねは角が取れて丸みが生まれ、紆余曲折があろうともとにかく積み重ねることが種蒔きとなり、地力を生み、根づいてゆく。そんなイメージを持ちました。もちろん、店主の笑顔は創業100年という奢りは微塵もありません。おでんの汁という家宝を大切にこれからも守るために今日も頑張っていらっしゃるのだろうと思います。

そんな貴重な体験をさせていただき、再び瀬戸内の島々を縫って尾道まで戻ってきました。瀬戸内の海や島々は夕陽に映え言葉で表現するのがもったいないくらいの美しさでした。夕方からは地元の仲間と情報交換に花を咲かせ、今後の業務の在り方や我々の対応等について話し合うことが出来ました。デジタル時代ではありますが、アナログという原点に回帰する必要性を実感し函館に戻ってきました。根づくと地力・・・今年のテーマですね。

私自身が時代錯誤なの・・・?

JUGEMテーマ:日記・一般


今月もついに20日を迎えました。なんでこんなに速いのだろうと思うのは私だけでしょうか。そして、今のままでいいのだろうかと常に葛藤し続けています。やはり、自ら発想し、熟考し、行動する。それこそマニュアルなんてありゃしませんから。昨晩、仲間の女性との会話から「本来の◯◯を実践したいけれども、現実は程遠い」と言った内容のお話しを伺いました。

様々な制度や法律が出来上がったとしても、いわゆる完成形かというと、様々な弊害が生まれ、いわゆる格差をも助長している感は否めません。そもそもの人間社会とはなんだろう・・・なんだろ。いつものことながら、こうやってパソコンを打っている私自身をも否定しなければなりませんが、デジタル社会に至ったからこその弊害も方々で見受けられます。

いつの間にか、デジタルの仮想空間の中で、別な自分が創りだされというより、創りだし、その結果、そもそもの自分とは程遠い存在が独り歩きしているのは、もしかすると当たり前の状況に至ってしまったのかもしれません。そもそも、生存活動の中で、家族・友人知人・地域の人との、コミュニケーションを図る最大の手段として「会話」という行動があります。

ところが、その会話自体が面倒くさがられてしまい、結果、いつの間にか自分が孤立したと錯覚し、自分という存在を他人からどうしても認められたいという本能が別な手段によって光輝かせてしまうことが毎日のように事件として取り上げられているように思います。

その理由のひとつには、世の中が物で溢れ、便利すぎる時代であることの弊害です。また、今日もある仲間との会話から、「昔は、家庭で躾ることができないことを世の中が教え伝えてくれた気がしますね…」と言っていました。そのひとつの例として、以前は、自宅にお風呂が無かったというのが当たり前だったため、銭湯という公衆浴場へ小さなころから足を運び、そこから社会の常識を教えられたものです。

今も、公衆浴場はあるものの、私が幼少期に親や傍にいた大人から叱られたことが、今や非常識と化しているのだろうかとお風呂に入りながら葛藤して、スッキリさっぱりとはゆかぬことが多々あります。様々な公衆の場でいわゆる大人から教えを乞うたのですが、果たして今はというと悩ましい限りです。

どんな些細なことでも、会話を絶やさずに生活してゆきたいものです。また、相手を敬う気持ちは当たり前に持っていることが前提です。いくら、色々な資格を保有したとしても、資格だけが独り歩きしてはいけないことを今日も様々な場面から気づかされたのでした。やはり、感謝の念はどんな状況にあろうとも忘れてはならぬことです。さて、明日も朝からびっしりです。週末は遠く遠くへ飛んで行ってしまいますからね。頑張りましょう!

デブからの縁切り

JUGEMテーマ:日記・一般
新年を迎え、あっという間に月も半ばを迎えようとしています。今年に入り、有り難いことに業務も立て込み、ほぼ毎日業務を受託している状況です。今日、あるお客様から「忙しいところにお仕事を頼むものですよ。」とポツンと言われました。決して、忙しいということではありませんが、とにかく時間が経つのが速すぎます。

今年は、行政書士として11年目に入る年です。まだまだ、出来ていないことが山積しており、プレッシャーがかかる毎日です。開業当初の方が気楽だったことを想い出しています。気持ちに、もう少し余裕が生まれたらと無い物ねだりをするわけですが、やはり、能力不足の結果であると冷静に受け止めています。そこには、プライドも何もありません。常に、自分を冷静に見ることが出来る姿勢づくりは不可欠なはずです。

ところで、私の目先での些細な目標を立てているのですが、笑うなかれ「痩せること」です。年齢も年齢となってきましたし、健康管理こそが資本であることを実感しているからです。最近、あるチビちゃんに「おじさんって、デブだぁ〜」と言われたことが悔しかったりもします。これまで、「デブ」などと言われなかった私ですが、やはり「デブ」という語句には抵抗があります。

事務所スタッフと競争です。などと言うと語弊がありますが、健康的に痩せてゆこうと決めています。だからと言って、食べたいものを食べないというわけではありません。食べるものをしっかりと食べて痩せるという方法によりまずは自分の標準体重まで戻すことにしています。デブなんて言われたくはありませんからね。目先の些細な目標を達成しながら死に向かってまっしぐらです。

こう考えると、やっておかなければならないことが本当に山ほどあるのです。その山ほどのあることから目を背けずに真正面から立ち向かってゆきたいものです。行政書士業務を通じ、どのような社会貢献が出来るのか、さらに新たな事業展開をどのように進めてゆくかも、事務所スタッフや我々を取り巻く多くの皆様の持ち味をフルに活かして形にしてゆこうと決めています。無を有にする。本当に大変なことですが、これをやり遂げられたら本望ですね。

・頼りたくても頼れない
・マニュアルがあれば見てみたい
・マニュアルなんてありゃしない。創り上げてゆくもの。
・誰かがやるからそれに相乗りしようなんてのはご法度
・言うが易し行うが難し
・自分の殻を破る
・目先、小手先に囚われない
・他人への批評評価はやめる・・・その前に自分はどうなのか
・情報錯綜の中、「真」は何かを見極められる目を磨く
・自分を信じること
・最後はひとり
・他人は他人
・好き嫌いで仕事をしない
・目配りを怠らない
・受け身ではなく能動的に
・笑顔と笑い声    ・・・etc

直後に命を落とすかもしれないわけで、いつその瞬間が訪れても揺るがない自分を創りあげてゆくことが肝要でしょう。まずは、デブと言われないよう心がけてゆきます。早く、函館から離陸しようかな・・・(笑)


 

profile

profilephoto 書いた記事数:2784 最後に更新した日:2017/06/05

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>

 

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

recommend

links

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM

 


ジオターゲティング