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愚か


JUGEMテーマ:日記・一般










ここ最近、遠ざかっていたブログです。原点に立ち返り心を入れ換えてブログに向き合います。このブログを書き始めたそもそものきっかけを忘れてしまいかけていたことを反省しなければなりません。このブログがあったから、毎日、向き合ったから今があるといっても過言ではありません。





いわゆるSNSにのめり込み過ぎていた自分に反省です。SNSを否定するものではなく、自らの原点を放っておいた自分がいかに愚かだったかを認めざるを得なく、自己矛盾を起こしていたことに反省です。本当に自分が嫌になるくらいの向き合いです。忙しさにかまけてしまい、それを言い訳にしてきたここ最近の自分のやり方に自戒しなければなりません。





行政書士というお仕事をさせていただき、多くのお客様に支えられてこられたことに心から感謝しなければなりません。自分自身の最近の心境は喜怒哀楽が激しくなっていたことに気づかされています。喜怒哀楽は、喜び楽しみという「快感」と怒る哀しむという「不快感」のどちらかしか無いことを今さらながら思い知ったのです。





きっと、ストレスはその両極端な感情のやり取りがストレスを増幅させているのかもしれません。その中間点である「快」でも「不快」でもない部分が案外ストレスフリーな状態かもしれません。その状態に自分を移動させることでもしかするとストレスも軽減されるのか?などと考えたりしています。だったら、早速、その中間点に位置させるための方法を自ら見つけ出さないなりませんね。





ところで、家族内で、何かを原因とした軋轢が生じた時、そこには「対」という文字が現れてきます。その「対」は、ともすれば喧嘩となり愚痴となり、いわゆる不快感の塊となり、それがエスカレートすると、様々な方向に矛先が向き、要らぬトラブルを起こしかねません。それこそが「不快」を次から次へと助長してしまうと思えてなりません。





たとえば、親子で何かしらの軋轢が生じたとき、時として、子供に対し「お前は親の言うことを聞いていればよい」なんてことをよく耳にするのですが、果たして、それはどうなのでしょう。親子は力関係でもなんでもありません。夫婦も同じこと、他人に対しても同じことが言えるのではないでしょうか。自分に相対するどんな人であっても、それぞれの人を尊重することが当然です。





見た目で人を判断するのはもっての外です。それは、自分の物差しを基準にしているからこその為せる業であり傲慢以外の何物でもありません。よく、人は自分の鏡と言われますが、相手が自分に対し嫌なこと不快なことがあったとしたら、それは自分が相手に対しても不快なことをしていると言っても良いはずです。





人生勝ち負けではありません。と、私は個人的に思っています。この世からいなくなってしまえばそれで終わりです。生き物に平等に与えられた生存活動は「死」でしょう。その平等に与えられた「死」を迎えるまでに、少しでも「快」でありたいと願うところですが、やはり中間点、換言すれば「平凡」に生きてゆくことこそが幸せなのかもしれません。そのためにも、先入観ではなく、一歩突っ込んで行動してみると自分の愚かさを知ることが出来、次へのステップになるはずと信じています。





久しぶりにブログをアップしますが、これからは原点に立ち返り、やらされではなく、やってゆきます。この積み重ねこそが大切なことでしょうね。



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