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私自身が時代錯誤なの・・・?

JUGEMテーマ:日記・一般


今月もついに20日を迎えました。なんでこんなに速いのだろうと思うのは私だけでしょうか。そして、今のままでいいのだろうかと常に葛藤し続けています。やはり、自ら発想し、熟考し、行動する。それこそマニュアルなんてありゃしませんから。昨晩、仲間の女性との会話から「本来の◯◯を実践したいけれども、現実は程遠い」と言った内容のお話しを伺いました。

様々な制度や法律が出来上がったとしても、いわゆる完成形かというと、様々な弊害が生まれ、いわゆる格差をも助長している感は否めません。そもそもの人間社会とはなんだろう・・・なんだろ。いつものことながら、こうやってパソコンを打っている私自身をも否定しなければなりませんが、デジタル社会に至ったからこその弊害も方々で見受けられます。

いつの間にか、デジタルの仮想空間の中で、別な自分が創りだされというより、創りだし、その結果、そもそもの自分とは程遠い存在が独り歩きしているのは、もしかすると当たり前の状況に至ってしまったのかもしれません。そもそも、生存活動の中で、家族・友人知人・地域の人との、コミュニケーションを図る最大の手段として「会話」という行動があります。

ところが、その会話自体が面倒くさがられてしまい、結果、いつの間にか自分が孤立したと錯覚し、自分という存在を他人からどうしても認められたいという本能が別な手段によって光輝かせてしまうことが毎日のように事件として取り上げられているように思います。

その理由のひとつには、世の中が物で溢れ、便利すぎる時代であることの弊害です。また、今日もある仲間との会話から、「昔は、家庭で躾ることができないことを世の中が教え伝えてくれた気がしますね…」と言っていました。そのひとつの例として、以前は、自宅にお風呂が無かったというのが当たり前だったため、銭湯という公衆浴場へ小さなころから足を運び、そこから社会の常識を教えられたものです。

今も、公衆浴場はあるものの、私が幼少期に親や傍にいた大人から叱られたことが、今や非常識と化しているのだろうかとお風呂に入りながら葛藤して、スッキリさっぱりとはゆかぬことが多々あります。様々な公衆の場でいわゆる大人から教えを乞うたのですが、果たして今はというと悩ましい限りです。

どんな些細なことでも、会話を絶やさずに生活してゆきたいものです。また、相手を敬う気持ちは当たり前に持っていることが前提です。いくら、色々な資格を保有したとしても、資格だけが独り歩きしてはいけないことを今日も様々な場面から気づかされたのでした。やはり、感謝の念はどんな状況にあろうとも忘れてはならぬことです。さて、明日も朝からびっしりです。週末は遠く遠くへ飛んで行ってしまいますからね。頑張りましょう!


 

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