今日は朝から相談続きでした。創業に関すること、自然に関すること、相続に関すること、任売に関すること、家族に関すること、介護に関すること、と様々な内容でした。
全て答えがあるのかといえば、答えは神のみぞ知るではありませんが、ご本人次第と言えるかもしれません。中にはやりきれないような内容もあり、ご本人にすればどこに気持ちを振り向けてよいのか検討もつかないかもしれません。
そのようなお話に耳を傾け、ただただ頷くだけの場面がほとんどですが、もしかするとそれだけで十分なのかもしれません。このような相談は今後は益々増えてくることでしょう。
人と会話することの難しさを改めて気づかされることもあるのですが、やはり会話が成立しなければそれ以上は進みようがありません。夫婦でも、親子でも最も簡単なコミュニケーション方法である会話自体が実は困難な時代になったのかもしれません。
人を貶めるような言葉、人を尊ばないような言葉、意思が見えてこない会話、マイナス発想をすればいくらでも出てきます。しかし、あくまでも他人は他人です。他人であるからこそ言葉の用法はあるはずです。そこには尊重するという発想が備わっていて均衡を保持することができるはずです。
何事もバランスです。バランスが崩れたとき・・・どんな状態に至るのかと考えてみると、元の状態といいますか、原状に戻るはずです。その原状に戻ったときに新たな形作りを進めてゆきバランスが均衡する形状を構築すればよいのです。支えが細ければバランスが崩壊しやすく、支えが太ければバランスのことを余り意識しなくとも大丈夫でしょう。
最近、お会いした会社社長は「何も要らないよ。極端だけど現状が大変であれば一度全てをリセットして再び作り上げればいいでしょ。それくらいの甲斐性がなければ経営している意味も仕事をする意味も無くなってしまう。だから、何も要らないんだよ。貧乏が一番!」と話していました。何か重みがあるお話でした。社長ご自身も相当大変な状況だったようです。
私自身、様々なご相談をお受けしておりますが、何が正解で、何が不正解かの判断はつきませんし。そこでは、やはりご本人の考え方を会話の中からご本人として導き出してゆくことが大前提であり、そこで初めて次の段階へとステップアップしてゆくことになります。言葉の使い方や話し方、雰囲気などは作るものではなく、それらが自らの本物にして初めて違和感無い状態であることを、ご相談を受けるたびにその感が強くなっています。
一旦、心のどこかにある想いが潜みだすと、不思議なものでその通りに進めてゆこうという意識が無意識に働いているような気がします。最後は自分自身ですね、何ごとも・・・
明日はお客様訪問と調査業務、さらに委任状をいただければ市役所や役場での調査を進めることが出来そうです。悩まずに自分のペースで進めてゆくことが大切かもしれません。明晩は以前のお客様と再会する予定です。